『マルホランド・ドライブ』のアンジェロ・バダラメンティの音楽はもっと評価されていいと思う。

『マルホランド・ドライブ』(01)4Kレストア版の1週間限定リバイバル上映があるということで、音楽のことについて書いてみたいと思います。

映画の解釈については既にあちこちのサイトで解説が書かれているので割愛。
当方のブログでは音楽一本に絞って書きます。

『マルホランド・ドライブ』は『ストレイト・ストーリー』(99)に続いて批評家筋の評価が高かったデイヴィッド・リンチ作品としてつとに有名ですが、アカデミー賞では監督賞ノミネート、カンヌ国際映画祭では監督賞受賞/パルムドールノミネート、全米批評家協会賞では作品賞/主演女優賞受賞、ゴールデングローブ賞では作品賞/監督賞/脚本賞/音楽賞ノミネート、BAFTAアワードでは編集賞受賞/作曲賞ノミネート…といった感じで、作品とリンチの演出、ナオミ・ワッツの演技の評価が高かった。

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個人的にはアンジェロ・バダラメンティの音楽もアカデミー賞の作曲賞にノミネートされてしかるべき完成度だったと思っております。それぐらい奥が深いし、緻密に作りこまれている。では劇伴のどんなところが秀逸なのか。そのあたりをご紹介していこうかなと。

本作はテレビシリーズのパイロット版として作られたものの、ABC(放送局)の判断でシリーズ化が見送られ、「そのままお蔵入りにするのは惜しい」と考えたフランスの映画会社の資金提供を得て、追加撮影と再編集を行い、長編映画として再構築した作品でした。

したがって資金援助を受けたとはいえ、予算が少ない中で作っていった作品ということになり、当初の音楽(劇伴)も”基本的には”バダラメンティがシンセを弾いて作った倹約的なものでした。紆余曲折を経て長編映画として作ることになってから、予算に余裕ができてオーケストラが使えるようになったらしい。

実際サントラ盤のブックレットを見ると「Performed by Angelo Badalamenti with the City of Prague Philharmonic」という記述があるわけですが、スコアの音が全体的にシンセっぽい感じなので、一体どこで生オーケストラの音を使っているのだろうと長年不思議に思っておりました。
当時のバダラメンティのインタビュー記事を読むと、バダラメンティとリンチはオーケストラの演奏をそのまま使うというよりも、むしろプラハ・フィルが演奏した音を加工して「音楽的なサウンドデザイン」を作り上げることのほうが多かったようです。

例えばサントラに”Diner”という地響きのような低音で構成された音響系スコアが収録されていますが、あれはシンセで作った低音ではなく、オーケストラの演奏を超スロー(実際の半分、あるいは1/4くらいの速度)で再生させたり、逆再生したり、レコーディングした音に細かく手を加えて作った曲だったのでした。

『イレイザーヘッド』(76)完全版を製作した際、ノイズの集音・再編集・再処理に何か月も費やしたというリンチの音響へのこだわりは、『マルホランド・ドライブ』でも健在だった。リンチはシンセやオーケストラで演奏したコード/不協和音を録音・収集し、それらを加工して至高のサウンドデザインを作り出すのが一種のライフワークとなっているようです。

“Dwarfland”という曲も音圧高めな低音がゴロゴロと鳴っている「曲とは言えないような曲」なのですが、リンチ映画の場合、こういうノイズが鳴っている場面がストーリー的に重要だったりする。『ツイン・ピークス』のリミテッド・イベント・シリーズや『ロスト・ハイウェイ』(96)などを観ると、電気関係のノイズが特に重要という印象があります。電線やスタンドの電球などがジージー鳴っている音とかですね。リンチ映画は「音響系スコア」の使い方が普通の監督とは全く違うのが面白い。

アカデミー賞でバダラメンティがノミネートされなかったのは、このようなノイズミュージックを「劇伴」と判断してくれなかったからではないか…とすら思ってしまいます。

仮にそうだったとしても、底なしの悪夢に引きずり込まれるようなメインテーマ”Mulholland Drive”の妖しくも美しい旋律は絶品であり、アカデミー作曲賞ノミネートに値する完成度ではないかと思います。悲恋を感じさせる”Diane and Camilla”の旋律もいい。
メインテーマは『ロスト・ハイウェイ』の頃にリンチから『マルホランド・ドライブ』のアイデアだけ聞かされて、「ロシア音楽っぽいダークで美しい曲がいい」と言われて曲を作ったそうですが、バダラメンティによると完成版はチェロとコントラバスを足して深みのある音にした程度で、ほぼ当初のままの形で使われているという話です。

映画冒頭に流れる”Jitterbug”と、クラブ・シレンシオで流れる”Silencio”は音楽に関する明確な指示があって、前者は「1940年代風のジルバがほしい」と言われ、後者に至ってはどの楽器をどの順番で使うのかも詳細に決まっていたそうです。あのシーンを観ればそれも納得という感じ。

そしてデイヴィッド・リンチ映画の音楽といえばフィフティーズ。

本作ではジャズピアニスト/オルガン奏者のミルト・バックナーの”The Beast”、ブルースシンガー、サニー・ボーイ・ウィリアムソンIIの”Bring It On Home”、リンダ・スコットの「星に語れば」、コニー・スティーヴンスの”Sixteen Reasons”というラインナップ。”Sixteen Reasons”はサントラ未収録。

『ブルー・ベルベット』の劇中歌で重要な役割を果たしていたロイ・オービソンの歌曲は、今回クラブ・シレンシオで”Crying”がレベッカ・デル・リオのスペイン語カヴァーによって歌われるという完璧な選曲。

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あとはデイヴィッド・リンチがリリースしたアルバム「Bluebob」から”Pretty 50s”、”Go Get Some”、”Mountains Falling”を収録。これらの楽曲は当時の批評によると「インダストリアル・ブルース」なのだそうです。

なぜか分かりませんが『マルホランド・ドライブ』のサントラはデジタル版でリリースされていないようですね…。既製曲も収録しているし、権利関係なのかな。中古盤がそこそこお手頃な価格で売られていたら買ってみるのもよいかもしれません。

あと10年くらいしたら再販とかリマスター版のサントラが出るかもしれませんが、出るとしてもアナログ盤のみのリリースになりそうな気もします。

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