『ケルティック・ロマンス』のアーティスト、マイケル・ダナ&ジェフ・ダナのフィルモグラフィーを振り返る不定期連載企画。
今回は「いま書かないでいつ書くんだ」という事で、マイケル初のオスカーノミネートとなった『ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日』(12)をご紹介します。
アン・リーが単なるサバイバル映画を撮るわけがないとは思っていましたが、これほどまでに暗喩に満ちた、宗教的な思想を問う内容だったとは。何を書いてもネタバレになりそうなので、物語の解釈についてはここで触れない事にしておきます(僕自身100パーセント話を理解したわけではないから、という理由もありますが)。
話の核心に触れない程度の事を書くならば、ジェラール・ドパルデューの使い方がインパクト大。「俺が作ったメシ(肉料理)が食えねぇ奴は出てけ」とパイ一家に悪態をつく船のコック役で5分程度の出演。出番これだけ?と思いましたが、後半のエピソードに説得力を持たせるためには、あの身体中から発散される慇懃無礼なオーラと、一度見たら忘れない怪物的な顔が必要不可欠だったのだと後で気づきました。本人に何と言ってこの役をオファーしたのか分かりませんが(まさか「あなたのぶしつけでモンスター的な存在感が欲しいんです」とは言えないだろうし)、ドンピシャなキャスティングと言えるでしょう。
あと、オープニングタイトルのデザイン。ちょっと凝っていたのでもしやと思ってエンドクレジットを確認したら、やはりyU+coの担当でした。
とまぁ本編についてはこのぐらいにして、ダナの音楽について。
素晴らしいです。ひとことで言ってしまえば。
ミニマリスティックなメロディーとか、バンスリの響きとか、ガムランの澄んだ音色とか、
少し聴いただけで「これはマイケル・ダナの音だな」と分かるような音に仕上がってます。
ダナはインド音楽に造詣が深いし、『カーマ・スートラ/愛の教科書』(96)や『モンスーン・ウェディング』(01)で本格的なインド音楽スコアも挑戦済みなので、今回もハイクオリティなインド音楽を聴かせてくれているのですが、この映画の音楽のハイライトは、パイが大海原に投げ出されてからのスコアではないかと僕は思います。
トラと漂流するシーンになってからは、スコアからインド音楽色が消えていって、普遍的かつ幻想的なオーケストラ音楽へとシフトしていきます。この音楽が決して押しつけがましくないのに、観客の耳と頭の中に自然と入り込んできて、神とは何ぞや、理性とは何ぞや、そして試練とは何ぞやという観念的なテーマを実感させてくれてるのです。
ダナは過去作品でも、神とは?人生とは?という難題に直面して苦悩するキャラクターが出てくる映画の音楽を手掛けているので、本作はまさに「マイケル・ダナが音楽を手掛けてしかるべき作品」だったのではないかと思います。リー監督とは『ハルク』(03)の作曲家交代劇で疎遠になっていたわけですが、リーもよくぞダナに声をかけて下さいました、という感じ。
サントラ盤は全28曲の収録時間65分。恐らく劇中で使われたほぼ全てのスコアが入っていると思われます。曲の順番も物語の進行順になってます。1曲目の”Pi’s Lullaby”は主題歌扱いという事で、ダナはこの曲でアカデミー賞の歌曲賞にもノミネート。ワールドミュージック好きの方は間違いなく”買い”の1枚ですねー。
余談ですが、マイケルと『ケルティック・ロマンス』のリリースのためのライセンス契約の話を進めていた時、契約書を送るという段階になって「あーゴメン、これから10日ほどインドに行ってくるんだよ。戻ってきたら契約書にサインするから、とりあえず送っといて」みたいな事態になりまして。その時はなぜインド?と思ったのですが、この『ライフ・オブ・パイ』のレコーディングでインドに行っていたというわけでした。ちなみに本作には弟のジェフもギターで参加してます。
これの日本版サントラが出てたら、何が何でもライナーノーツを書きたかったんだけどなぁ…。これだけ賞レースを賑わせている作品にも関わらず日本盤が出ないとは、世の中ってのはうまく行かないもんです(泣)。