『クラッシュ』(96) 4K無修正版が劇場公開中ということで、せっかくだからサントラにまつわる学生の頃の思い出話でも書こうかなと思い、ブログを書きました。
若い映画ファン(サントラリスナー)には「ハワード・ショア=『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズの作曲家」というイメージが定着しつつありますが、ワタクシのような『羊たちの沈黙』(90)やデヴィッド・クローネンバーグの最盛期にショアの音楽を聴き始めた人は、「ショア=実験的で難解な音楽を書く人」という印象を持っているのではないかと思います。
『羊たちの沈黙』や『セブン』(95)、『ザ・セル』(00)あたりの音楽も強烈でしたが、ショアはクローネンバーグ監督作に登板した時の実験精神に溢れた音楽もすごい。
『スキャナーズ』(81)や『ヴィデオドローム』(83)の悪夢的な音楽とか、『裸のランチ』(91)の前衛的なジャズスコアもなかなかのインパクトでしたが、ショア×クローネンバーグの作品では、個人的に『クラッシュ』が一番印象的でした。
この映画が日本で劇場公開になった当時、自分はまだ成人になるかならないかの年頃だったので、『クラッシュ』は観に行きませんでした。成人映画指定だったので、親に「映画館に観に行くのはやめてくれ」と言われてたんですね。観るならビデオレンタルか衛星の映画チャンネルで放送になった時に家で観てくれと。
ワタクシは素直な青年でしたので、親の言いつけを守って『クラッシュ』の本編を観たのは映画公開から数年後、スターチャンネルで放送があった時でした。
サントラ盤を買ったのもその頃。今はなき新星堂カルチェ5仙台店のサントラコーナーにひっそりと売られているのを発見し、すみやかに保護(購入)したのを今でも覚えています。
映画のオープニングタイトルで流れるエレクトリックギター・アンサンブルの不吉なメインテーマに一発でヤられまして、「これは是非サントラで聴きたい!」と思ったんですね。そのぐらいインパクトのある音楽だった。
オケの編成はストリングスにエレキギター×6、ハープ×3、木管×3、パーカッション×2。Milanから発売になった通常版サントラのブックレットに載っているショアのコメントによると、「室内楽のアンサンブルのように演奏した」とのこと。
そしてさらに興味深いショアのコメントが載っておりまして、「『クラッシュ』のスコアは”レイヤー”でレコーディングされた」「スコアの75パーセントは作曲されたものだけれども、残りの25パーセントはレコーディングされた曲が変異したもの」なのだそうです。
おそらく、『クラッシュ』のスコアは全てのパートをライブでまとめてレコーディングしたのではなく、ストリングス、ギター、ハープ、木管、パーカッションを別々に録ったのではないかと。
で、録音した演奏の75パーセントぐらいは事前に作曲したとおりに”レイヤー”を構成していって、残りの25パーセントはスタジオでリミックスしたり、カッティングしたり、サンプリングしたり、ショアが自由自在に音源を加工して仕上げていったものと考えられます。
それを念頭に置いて改めてサントラを聴いてみると、エレクトリックギター主体の楽曲”Mechanism of Occupant Ejection”の背後で聴かれるガラスを引っ掻くようなノイズとか、”Where’s The Car?”の中盤~後半で聴かれるシュールな楽曲展開とか、メインテーマのリミックスバージョンともいえる”Mansfield Crash”のアレンジとか、前衛音楽風の”Chromium Bower”や”Accident…Accident…”とか、かなり実験的な曲作りを行っていることが分かる。
「自動車事故」という金属的かつ無機質、硬質な感じと、エレクトリックギターと金属系パーカッションのソリッドな音色が見事に調和しています。そしてエレクトリックギターで奏でられる不吉な旋律が、行くところまでイッてしまった主人公たちの屈折した欲望を見事に描き出している。
凡人であるところのワタクシは、この映画の登場人物たちの行動は理解出来ませんでしたが、実験精神に溢れたショアのスコアにはすっかりハマってしまいました。
ちなみにワタクシが購入したのは劇場公開当時にMilanからリリースされた通常版のサントラですが、何年か前にショアのレーベル”Howe Records”からリマスター音源の長尺盤が発売されました(現在は既に廃盤)。
収録時間にそれほど差はなかったし、音楽は好きだけど映画本編への思い入れがあまりなかったので購入を見送ったのですが、買っておいた方がよかったのかな、と今更ながらにちょっと後悔してみたり。
まあMP3ダウンロード版でならば手に入るっぽいので、あのエレクトリックギターの妖しい旋律に心を奪われてしまった方は、このタイミングでサントラを購入されるのもよろしいのではないかと。