BANGER!!!で書いたクリストファー・ノーラン作品音楽コラムの補足的なお話

ムービープラスでのクリストファー・ノーラン監督作品特集放送に合わせて、BANGER!!!で『プレステージ』(06)、『インセプション』(10)、『インターステラー』(14)、『TENET テネット』(20)の音楽紹介コラムを書きました。

音楽も“逆再生”だった?『テネット』ほかクリストファー・ノーラン作品の音楽を紐解く! 『インターステラー』『インセプション』
https://www.banger.jp/movie/83771/

どの作品も解説を書くなら1タイトルで2,500字くらい必要なくらい緻密な音楽なのですが、今回はノーラン作品4タイトルの音楽を3,000字以内で紹介するという無謀な試みをすることになりました。

先日twitterにも書きましたが、ノーラン作品の音楽解説コラムを書くことになってから3週間くらい、昼と夜、就寝前に毎日毎日『プレステージ』『インセプション』『インターステラー』『TENET』の音楽を繰り返し聴いて、コラムでそれぞれの劇伴のどの部分を紹介して、どの部分は今更言うまでもないことだから削るかという取捨選択に明け暮れる日々が続きました。

その間、自分の応援している阪神タイガースが連日不甲斐ない試合をしていて、情けない試合を何回も何回も見させられたストレスと、弊社の決算期と原稿締め切りが重なった疲労が祟って、人生初の帯状疱疹を患うという事態になりました。

せめて当方のBANGER!!!コラムが多くの方に読んで頂けたら、この苦労も報われるかなと思っております。

そんなわけで、今回のブログではコラムで書ききれなかったネタをいくつかお話ししたいと思います。

その1:悲しくなるくらい音楽が注目されなかった『プレステージ』

BANGER!!!のコラムでも書きましたが、劇場公開当時『プレステージ』の音楽は本当に注目されなかった。どのくらい注目されていなかったかというと、パンフレットのスタッフ紹介のページに音楽担当のデヴィッド・ジュリアンの名前がなかったほど。『メメント』(98)と『インソムニア』(02)のパンフにはきちんと紹介されていたにもかかわらず、です。

ネット上に出回っているサントラレビュー(国内・海外の両方)を見てみても、その大半は「退屈な音楽(面白みのない)」という内容のものでした。だから少なくとも2006年当時、この映画のスコアででジュリアンがシェパード・トーン(無限音階)を実験的に使っていることなど誰も気づかなかったし、指摘もしていなかった。自分の場合は「サントラを聴いていたけどシェパード・トーンの存在には気づかなかった」というタイプのリスナーでしたが。

『ダンケルク』(17)のようにハンス・ジマーがシェパード・トーンを使うと注目されるけれど、ややマイナーなジュリアンがそれを行ってもなかなか気づかれない。批評なんてそういうものなのかもしれません。自分はそうならないよう気をつけたいと思っています。

自分は『インソムニア』や『ディセント』(06)、『キャビン』(12)のジュリアンの音楽が好きなので、今回のコラムで彼の音楽を紹介する機会をもらえて嬉しかったです。

その2:公開から12年経った『インセプション』の音楽の何を紹介すべきか

Inception – Music From The Motion Picture (amazon MP3)

例のエディット・ピアフの”水に流して”をスローにしたフレーズをスコアに組み込んでいる話はつとに有名なので、コラムの中ではこの件はあっさり流しました。今更したり顔で解説しても「もう知ってるよ」と言われてしまいますからね…。

なので自分としてはジマーとノーランの裏話的なものを少しご紹介したかった。
サントラ盤のブックレットにノーランのセルフライナーノーツが載っているので、長い英文テキストの中から興味深い内容をピックアップしてご紹介した感じです。

ちなみにジマーはノーランに電話で自分が作った曲を聴かせて、「これで全部だ。でもこの先が(どうするべきか)分からないんだ」と言ったところ、ノーランに「先なんていらないよ。もうそこに(必要なものは)あるんだ」と言われたそうです。たぶんこれは”TIME”のデモ曲にOKが出た時のエピソードなんじゃないかなと思います。『インセプション』の音楽で「”その先”が必要のない美しい曲」と言ったら、ミニマルなフレーズが繰り返される”TIME”しかないのではないかと

Johnny Marr – Fever Dreams PTS 1-4 (amazon)
Johnny Marr -Fever Dreams, Pts. 1-4 (TOWER RECORDS)

あと『インセプション』のコラムではジョニー・マーの仕事を紹介したかった。彼が参加したバンド名を羅列したのはそのためです。

Freeheld – Original Motion Picture Soundtrack (amazon MP3)

『ハンズ・オブ・ラヴ 手のひらの勇気』(15)のサントラも持ってるし(オンデマンドCD-R盤だったけど)。

その3:「変わった音」を出すことを躊躇してはいけない『インターステラー』のレコーディング

Interstellar – Original Motion Picture Soundtrack Expanded Edition (amazon)
Interstellar (Extended Edition) – TOWER RECORDS

『インターステラー』の音楽については、ほぼ大事なことはコラムで書けたかなと思います。コラムで触れた”Day One”のデモバージョンは、写真の2枚組拡張盤サントラで聴けます。

ジマーがレコーディングで演奏者にあまりにも奇妙な音のリクエストをするので、指揮者のリチャード・ハーヴェイから「彼らはそんな変な音を出すために今日まで生きてきたんじゃないよ」と冗談交じりに言われたそうな。

その4:現段階で『TENET テネット』の音楽で分かっていること

TENET – Original Motion Picture Soundtrack (amazon)
Tenet (Deluxe Edition) – TOWER RECORDS

今回のコラムで一番厄介だったのが『TENET』の音楽紹介でした。
何と言っても謎が多すぎる。
通常再生/逆再生で聴けば聴くほど謎が深まって、答えが分からなくなるのです。
サントラ盤ブックレットのルドウィグ・ゴランソンの長い長いセルフライナーノーツも読みましたが、肝心の答えについてはリスナーの判断に委ねていました。

なので現時点で自分が分かったことだけ書きます。

まずゴランソン愛用のギターは、Ibanez FTM33(アイバニーズ “メシュガー” フレドリック・トーデンダル・シグネチャーモデル)だそうです。スウェーデン出身のゴランソンだけに、母国のエクストリーム・メタルバンドのシグネチャーモデルを使っている模様。基本、このギターを使って曲作りを行っているようです。

消防車や火災報知器の周波数に似た音を使った劇伴は”Trucks in Place”。
この曲を逆再生させると警報器っぽい音が分かり易くなります。

“セイターのテーマ”の呼吸音は、最初ゴランソンが自分で吹き込んだそうです。でもノーランから「もっと荒い感じにしたい」と言われて、結局ノーランが自分で荒い呼吸音を吹き込むことになったと。

“Meeting Neil”を反転させるとどうなるのか?という点に関しては、ワタクシが何度も聴いた感じだと、まずこの曲を逆再生させると、途中で“名もなき男のテーマ”のフレーズが聞こえてくるようになります(通常再生ではこのテーマのフレーズは流れない)。
この曲は名もなき男とニールが初めて出会った時に流れますが、反転させると前述のテーマ曲が流れる構成になっていることから、「ニールは既に名もなき男と会っていて、友情で結ばれている」と示唆していたのかもしれません。

あとは映画のクライマックスの”例のシーン”で、”Meeting Neil”の反転バージョンの冒頭部分が使われていたのではないかなということ。だから音楽的にも、名もなき男を助けた”あの人物”が誰だったか暗示していたのではないかなと。

あくまでこれはワタクシ個人の考えで、これがゴランソンの言うところの「「隠されていた重要なピース」なのかは分かりません。この件に関してはゴランソンも明確な答えは出さないだろうし、結局自分たちでそれぞれ納得のいく答えを探し出すしかないのでしょうね。

そんなわけで、皆さん自身で『TENET』の音楽の謎に挑戦して頂ければと思います。

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