BANGER!!!で『リーサル・ウェポン』シリーズ(87~98)の音楽紹介コラムを書いたあたりからでしょうか、これまで持っていなかったマイケル・ケイメンのサントラ盤を遅ればせながら買い集めていくようになりました。
ケイメンは1948年生まれだから、ハワード・ショアやアラン・シルヴェストリと大体同じ世代。1997年に多発性硬化症を患い、2003年に心臓発作で亡くなりました。
最近思うのは、もしケイメンが大病を患わずに今もご存命だったら、ハリウッドの映画音楽業界(あるいは彼の扱い)はどうなっていただろうかということです。
ハンス・ジマー一派の寡占状態にならず、ケイメンにも仕事のオファーが定期的に舞い込んでいたのか。それとも80年代後半~90年代に比べると仕事の機会が激減してしまっていたのか。今の映画音楽界の状況を考えると、何となく後者になっていたかな…という気も致しますが(実際、『トゥームレイダー』(00)の音楽をボツにされていましたし)、それでもケイメンがアクション映画に登板する機会は与えられていたのではないかと思います。彼の早すぎた死が悔やまれます。
そんなわけで、今回買ったケイメンのサントラ盤はこちら。
1枚目:『ロードハウス/孤独の街』(89) 30周年記念盤
Road House-30th Anniversary Score Album – TOWER RECORDS
映画公開30周年の節目にLa-La Land Recordsから2019年にリリースされたスコア盤です。パトリック・スウェイジが酒場の用心棒を演じるアクション映画。
物語の性質上、劇伴よりも歌曲のほうが目立つ使われ方をしている作品であり、ケイメンの音楽もいささか地味目な印象。しかしながらジェフ・ヒーリーとシェイクスピアズ・シスターのマーセラ・レヴィがギターを弾いているのがポイント。
ヒーリーは劇中で演奏を披露して歌曲をサウンドトラックに提供しただけでなく、ちゃんとスコアのレコーディングにも参加していたのでした。
マーセラ・レヴィはクラプトンと何度か仕事していたから(”Lay Down Sally”では共同作曲も)、その線からケイメンとも繋がりがあって本作のレコーディングに参加したのでしょう。
「オーケストラ+ブルージィなギター」というサウンドでも、『リーサル・ウェポン』に比べるとやや地味な(アンダースコアに徹した)音楽ではありますが、アクションシーンのオケの聴かせ方に「あ、ケイメンの音だな」という部分も多々あって、いぶし銀の味わいがあるスコアです。
アルバム収録時間70分のうち、映画本編で使われたケイメンの劇伴は36分。あとは34分はボーナストラック的に追加された別バージョンの劇伴となっていました。
別バージョンの劇伴は、映画で使用された劇伴とは全く異なるアレンジになっていて結構面白かったです。エレキギターがかき鳴らされる曲なんかもあったりして。
2枚目:『ロビン・フッド』(91) CD4枚組リマスター拡張盤
Intradaから2020年に発売されたCD4枚組リマスター&エクスパンデッド盤サントラ。
映画自体にそれほど深い思い入れがなく、お値段も高め(8,000円前後)だったことから購入を見送っていたのですが、先頃NHK BSシネマで放送があって観ていたら「やっぱりケイメンの音楽いいなあ」と思い、半ば勢いで購入してしまいました。
コロナ禍以降、外食を一切やめたら幸か不幸か月々の出費が以前よりも減ったので、今だったらこのサントラを買っても経済的に痛くないなと思って決断した次第です。
一体どうしたらこの映画のサントラがCD4枚組になるのかと思いましたが、Disc 1(71分)とDisc 2(61分)でスコアを完全収録して、Disc 3はスコアの別テイクが38分、Disc 4は通常盤サントラの内容をまるまる収録して50分36秒という構成でした。
ブライアン・アダムスの主題歌は未収録。権利上の都合とか、レーベル契約の都合とか、そういう事情なのでしょう。
で、お盆休み中にケイメンのスコアをじっくり聴かせて頂いたのですが、正統派のシンフォニックな活劇調スコアを鳴らしていて実に素晴らしいなと思いました。
ケイメンがちゃんとクラシックの素養のある音楽家だということが分かるスコアと申しましょうか。交響曲のような雰囲気すら漂っています。ブライアン・アダムスの主題歌のベースになっているテーマ曲もメロディックでよき。
『ロビン・フッド』のメインタイトル曲を聴いた時、「これモーガン・クリーク・プロダクションズ(映画製作会社)のロゴ音楽と同じでは?」と思ったものですが、実際そうだったようで、Disc 3に16秒の”Morgan Creek Fanfare”が収録されていました。このファンファーレがまた”ケイメン節”が炸裂していて印象的なんですよね…。
マイケル・ケイメン、素晴らしい作曲家だったなと改めて実感しました。