「光明を見出した瞬間」を捉えた『ハロルド・フライのまさかの旅立ち』のイラン・エシュケリの音楽

ランブリング・レコーズ様のご依頼で、映画『ハロルド・フライのまさかの旅立ち』(23)のサントラ盤に音楽解説を書かせて頂きました。スコア作曲はイラン・エシュケリ。

『ハロルド・フライのまさかの旅立ち』オリジナル・サウンドトラック – amazon
オリジナル・サウンドトラック ハロルド・フライのまさかの旅立ち – TOWER RECORDS

ワタクシは『レイヤー・ケーキ』(04)から20年くらいエシュケリの音楽を聴いてきて、『47RONIN』(13)と『映画 ひつじのショーン バック・トゥ・ザ・ホーム』(15)のサントラ盤にも音楽解説を書いた”エシュケラー”だったりもするのですが、10年くらい前まで「この人の代表作は何ですか?」と言われると少々返答に困っておりました。

『キック・アス』(10)はヘンリー・ジャックマンやジョン・マーフィーなど4,5人くらいでスコアを作曲していたから代表作とは言いがたいし、『ハンニバル・ライジング』(07)もインパクトが弱い。『47RONIN』に至っては「ああ、アレですか…(苦笑)」という作曲者に対して失礼な反応が返ってくる。その反応はいかがなものか。

でも今は「『ゴースト・オブ・ツシマ』(20)の音楽の人です」というと大体納得してくれるので、実によい感じです。

『ゴースト・オブ・ツシマ』オリジナル・サウンドトラック (amazon)
『ゴースト・オブ・ツシマ』オリジナル・サウンドトラック – TOWER RECORDS

『ハロルド・フライのまさかの旅立ち』の映画の内容については、BANGER!!!のコラムでそこそこ詳しくご紹介致しましたので、こちらのブログではエシュケリの音楽についてもう少し深く掘り下げていこうかなと思います。

「タイパ」って何?800キロ“歩いて”会いたい人がいる!『ハロルド・フライのまさかの旅立ち』は「ゴースト・オブ・ツシマ」作曲家による音楽も必聴 | https://www.banger.jp/movie/115755/

自分は「タイパ」という言葉(と考え方)が好きではなくて、この言葉を使わないようにしてコラム原稿を書いたのですが、見事にコラムタイトルで使われてしまいました…。ま、使いますよね。流行語だし。

閑話休題。

さて前述のBANGER!!!のコラム内で書いた『ゴースト・オブ・ツシマ』の音楽に関するネタですが、ゲームの製作チームはレイフ・ファインズ監督作『英雄の証明』(11:シェイクスピア戯曲「コリオレイナス」の映画化作品)の音楽に感銘を受けてエシュケリを招聘したとのこと。

「そんなに特徴的な音楽だったっけ?」と思い、久々にサントラを聴いてみたところ、パーカッションの音が非常に生々しかったことに気づきました(というか思い出しました)。どうやらリバーブを使っていないらしい。この「装飾を取り払った音」が『ゴースト・オブ・ツシマ』には必要だったのでしょう。

で、こういう重厚な音楽を書いた人がおじいちゃんのロードムービーの音楽を担当するの? と意外に思われる方もいらっしゃるかと存じますが、エシュケリは2014年に『アリスのままで』でピアノ四重奏形式のスコアを作曲しているのですね。

『アリスのままで』オリジナル・サウンドトラック – amazon (アーティスト名の表記はアイラン・エシュケリ)

たぶん、エシュケリの映画音楽作品の中でもとりわけ小さなアンサンブルで演奏されたスコアだったと思います。だから本作への参加も全く意外ではなかったりします。

『ハロルド・フライ』ではエシュケリが自らピアノ、シンセ、ヴァイオリンを弾いていて、ドラマが盛り上がるここぞという場面でストリングスが加わる感じ。
反復的なサウンドが印象に残りますが、これは「ただひたすら歩く」というハロルドの連続的な行為をスコアに投影させた結果によるものでしょう。

ところで日本語では「光明が見える」とか「光明を見出す」という表現がありますが、この映画ではそれを視覚的に描いているシーンがいくつかあります。
そしてエシュケリの劇伴も、ヴァイオリンの弦を擦る音とか、繊細なピアノのフレーズとか、ものすごくさりげない音でその瞬間を音楽的に表現している。
すすり泣きを連想させるヴァイオリンの音色で、ハロルドの深い悲しみを表現したシーンなどは胸が苦しくなります。
大規模なフルオケスコアでは表現出来ない技法と言えるでしょう。この音楽演出が実に心にしみるのです。

サントラ盤の収録時間が36分くらいで、そのうちサム・リーの歌曲が4分と6分くらいだから、スコアは9曲で収録時間26分程度と短めなのですが、そのぶん繰り返し聴いても飽きない、むしろ繰り返しでの鑑賞を推奨しているような内容になっています。アンビエント/ニューエイジ的なテイストもあるスコアなのでぜひ。

ちなみに本盤に収録されたサム・リーの2つの歌曲はエンドクレジットで流れるものでして、劇中で流れた”The Garden of England (Seeds of Love)”と”The Moon Shines Bright”については、彼のソロアルバム「Old Wow」に収録されているので、興味のある方はこちらもどうぞということで。

Sam Lee / Old Wow – amazon

『ハロルド・フライのまさかの旅立ち』オリジナル・サウンドトラック
音楽:イラン・エシュケリ/サム・リー(歌)
発売・販売元:Rambling RECORDS Inc.
品番:RBCP-3537
価格:2,970円(税込)
発売日:2024年6月5日

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