格闘技の「打撃音」と父子の「距離感」を疑似体験させてくれる、『ウォーリアー』のマーク・アイシャムの音楽

隠れた名作として根強い支持を集める映画『ウォーリアー』(11)が、1週間限定で上映されるとのこと。

この作品、日本では当時劇場未公開で4年後にDVDリリースとなったわけですが、「なぜこんな名作を劇場公開しなかったのか」と思う前に、本国での公開が2011年9月であったことに気づかなければいけないのかもしれません。

今更申し上げるまでもなく、2011年といえば日本では3月に東日本大震災があった年であり、9月はまだ復興の道すがら。
映画の興行も震災で受けたダメージをまだ引きずっていたと思われるので、「確実にヒットが見込めそうな作品」でもない限り、何でもかんでも劇場公開できる状況ではなかったのだと思います。この映画の場合「総合格闘技」という観る人を選ぶ題材を扱っているため、良質な作品ではあっても万人受けする作品ではない…と判断されたと考えられます。

仮にそうだったとしても、DVDリリースが実現するのにさらに4年もかかっていた事実にいささか驚きますが、発売元も日本でこの映画をどう売り込むか頭を悩ませていたのかもしれません。『マッドマックス/怒りのデス・ロード』(15)のヒットでトム・ハーディの顔と名前が広く知られるようになって、ようやく「カリコレ」での限定上映を経て「マッドマックスのトム・ハーディ主演」というキャッチコピーでDVDリリースに漕ぎ着けることができたと。たぶんそんな感じだったのだと思います。

日本においては「アメリカでの公開時期が悪かった不運な映画」だったとも言えるでしょう。

Warrior (Original Motion Picture Soundtrack) – amazon music

マーク・アイシャムの音楽が好きな自分は、映画本編を観る前にサントラを買って“予習”して聴いていたため、DVDで映画を観る頃にはアイシャムの劇伴が全て頭の中に叩き込まれているような状況でした。

せっかくなので、今回の期間限定上映の機会に劇伴の聴きどころなどご紹介したいと思います。

Miracle (Original Soundtrack) – amazon music

Pride And Glory (Original Motion Picture Soundtrack) – amazon music

The Accountant (Original Motion Picture Soundtrack) – amazon music

『ウォーリアー』の監督ギャヴィン・オコナーは、アイシャムと『ミラクル』(04)と『プライド・アンド・グローリー』(07)でもタッグを組んでいました。ちなみに『ウォーリアー』のあと『ザ・コンサルタント』(16)でもアイシャムと仕事しています。
『ミラクル』はオリンピックで金メダルを獲得したアイスホッケーチームの実話スポ根ドラマ、『プライド&グローリー』は警察官一家の絆と諍い、そして汚職の実態を描いたクライムスリラーで、「スポーツ」と「家族ドラマ」という『ウォーリアー』にも通じるテーマで既に音楽を作曲してきたわけです。だからアイシャムは本作に最適の人材だったとも言える。

『ウォーリアー』の音楽はオーケストラとロックの要素が融合したハイブリッドなタイプのスコアで、オーケストラ+シンセ+ギターにヘヴィなリズムを組み合わせたサウンドになっています。アイシャムが当時のwebインタビューか何かで「ギターの低音を圧縮して息苦しさを感じさせる音にした」と言っていたような記憶があります。

アクション映画におけるアイシャムの音楽では「ドドドン!」「ダダン!」という結構音圧のあるリズムを鳴らすことが多く、今回の『ウォーリアー』でも、その強力なリズム音が格闘技の打音(スパーリング中の音やパンチ/キックが相手にヒットする音、マットに叩きつけられる音など)と見事にシンクロしていて、自分があたかもリングのすぐ傍に立っているような臨場感が味わえるサウンドになっています。打楽器音を前面に出したアイシャムの劇伴といえば、『ミスト』(07)でのスーパーマーケットが阿鼻叫喚の地獄絵図と化すシーンの曲もそうでしたね。

格闘技のシーンを盛り上げる一方、本作では父と子、兄と弟、夫と妻の微妙な距離感のある人間関係が描かれておりますが、「登場人物ごとのテーマ曲は(効果的とは思えないので)滅多に書かない」という主義のアイシャムなので、確かに「トミーのテーマ」「パディのテーマ」という感じのモティーフはない感じ。

サントラには”Paddy & Tommy”や”Brendan & Tess”というキャラクター名が冠された曲があるのですが、そこで聴けるのは個々のキャラクターのテーマ曲ではなく、「絶縁状態だった父と子」「切羽詰まった状況で難しい決断を迫られる夫婦」という”概念”を表現した抽象的なサウンドでした。意外かもしれませんが、本編ではこれが実にうまく機能しておりました。

トミー、ブレンダン、パディの複雑な内面や親子/兄弟関係を音楽で説明しすぎないから、彼らが抱えているわだかまりや葛藤がリアルに響いてくる。これを「トミーのテーマ」や「パディのテーマ」を使った分かり易い音楽で具体的に表現してしまっていたら、『ウォーリアー』はヒューマンドラマ作品ここまでの名作にはなり得なかったかもしれません。

そんな本作においてメインテーマ的な役割を果たしているのが、ベートーヴェンの「歓喜の歌」をマッシブなアレンジで聴かせる”Listen to the Beethoven”という曲。
サントラ盤では1曲目に収録、劇中では中盤のトレーニング・モンタージュのシーンとエンドクレジットで使われています。

映画本編を観ないでサントラを聴いていた頃は、「なんでいきなりベートーヴェンの”歓喜の歌”が?」と不思議に思ったものですが、映画を観たらすぐに納得できました。ブレンダンのトレーナーを務めるフランク(フランク・グリロ)が「クラシック音楽を聴くことで集中力を高める」という異色のトレーニング方法を実践しているからでした。

なおサントラにはクライマックスで流れるThe Nationalの歌曲”About Today”も収録。
エンドクレジットではなく、その手前のファイトシーンでこの曲を流す演出が巧い。

しかし同じThe Nationalの曲でもオープニングで流れる”Start a war”はサントラに未収録。

こうして振り返ってみると本作の主役はブレンダンなのかなと思いますが、自分は断然トミー推しです。だからあの結末にも初見時に泣きました。

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