『ブルーベルベット』のテーマソング”Mysteries of Love”はどのような経緯で生まれたのかというお話。

2月7日から『ブルーベルベット』(86)の4Kリマスター版上映があるということで、映画の音楽についてもう少し何か書きたいと思います。

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ちなみに『ブルーベルベット』のデラックス・エディションのサントラ盤は以前ブログでご紹介済みです。

そのときはリマスター版上映があるなんて思いもしなかったので、同時期に買った『ブラッドシンプル』(84)のデラックス・エディションのサントラとまとめてざっとご紹介したのですが、リマスター版の上映のタイミングに合わせて、以前書ききれなかったネタでも書こうかなと思った次第です。

そのネタというのは、ジュリー・クルーズが歌うテーマソング”Mysteries of Love”についてです。

デイヴィッド・リンチは、当初お気に入りの曲だったディス・モータル・コイルの”Song to the Siren”を『ブルーベルベット』の劇中で使いたかったそうです。

しかし曲の使用料が高額だったため(アンジェロ・バダラメンティ曰く「5万ドルくらい」とのこと)、「低予算&短期間で撮ること」を条件にプロデューサーからファイナル・カット(最終的編集権)の権利を獲得したリンチとしては、曲の使用を断念せざるを得なかった。

音楽にかかる費用を節約したいプロデューサーは、”Song to the Siren”の替わりになる曲(=「似たような曲」ということなのでしょう)を新たに作ることをリンチに提案。そこで作曲担当として白羽の矢が立ったのが、イザベラ・ロッセリーニの歌唱指導の手腕を高く評価されたアンジェロ・バダラメンティだった。

しかし作曲家であるところのバダラメンティは、曲は書けるけれども歌詞は書けない。
結局リンチが歌詞を書くことになり(これも作詞家を雇うお金を節約するためだったのかも)、渋々承諾してリンチが書いた詞というのが本当にただの「詞」だったので、バダラメンティは頭を抱えたらしい。つまり歌うことを想定して書いた詞ではなかった。
韻も踏んでいないし、サビはここの部分で…というような構成になっている詞ではなかったのですね。バダラメンティは「映画監督に詞を書けなんて勧めるもんじゃないな」と後悔したそうな。

ただ、バダラメンティはリンチをリスペクトしていたので、「宇宙的で永遠に漂うような曲にしてほしい」というリンチのリクエストを元に、詞は一言一句変えず、歌詞に合うようなメロディを作り出していったのだそうです。
そして”永遠に漂うような”雰囲気を出せるシンガーのジュリー・クルーズを連れてきて、紆余曲折の末に名曲”Mysteries of Love”が完成したのでした。

どうもバダラメンティのインタビュー(『マルホランド・ドライブ』4Kレストア版ブルーレイの映像特典)を聞いた感じだと、劇伴の作曲を依頼されたのはそのあとのようですね。
まずイザベラ・ロッセリーニの歌唱指導、次に”Mysteries of Love”の作曲、その後劇伴の作曲という流れかと。リンチからは「ショスタコーヴィチ風の曲は書けるか?」と言われたそうな。つまり『ブルーベルベット』の劇伴はショスタコーヴィチ風の音楽ということになります。

『ブルーベルベット』はバダラメンティにとってリンチとの初めての仕事だったので、「ディレクターズカットの映像が出来上がってから呼ばれて、監督と打ち合わせをして劇伴を作り始める」という普通のやり方で劇伴の作曲を進めていったようです。

盟友となったその後は、リンチから映画を撮る前(脚本すらまだ書かれておらず、アイデアしかない段階)に大まかな作品の構想を聞かされて「こんな感じの曲を書いてみてくれないか」と頼まれるようになったとか。

だから例えば『マルホランド・ドライブ』(01)では、撮影中のセットで既にバダラメンティの音楽が鳴っていて、出演者は音楽を聴きながら役のイメージを膨らませていたらしい。

映画音楽家を大切にする監督はいいですね…。リンチが4, 5年に1作くらいのペースで作品を発表していた頃が映画を観ていて一番楽しかった。

ちなみにディス・モータル・コイルの”Song to the Siren”は、その後『ロスト・ハイウェイ』(97)の劇中で使われました。断片的に3回使ってたかな。曲を使えるだけの予算が確保できたのか、「リンチの映画に使ってもらえるなら」と使用料が割安になったのか分かりませんが(『ブルーベルベット』のときはディス・モータル・コイルの所属レーベルが大金を吹っ掛けてきたらしい)。

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