『あの歌を憶えている』劇場用パンフレットに書いたプロコル・ハルム「青い影」コラムの補足 その3: 法廷闘争について思うこと

セテラ・インターナショナル様からのご依頼で、映画『あの歌を憶えている』(23)の劇場用パンフレットにプロコル・ハルムの「青い影」に関するエッセイを書かせて頂きました。

字数の都合や話の本筋から離れてしまうという理由から、パンフのエッセイでは書けなかったネタをブログで補完させて頂きますということで、これまで難解極まりない歌詞と「青い影」が出来上がるまでの経緯について書きました。

今回は著作権を巡る法廷闘争について書かせて頂こうかなと思います。

プロコル・ハルム(青い影)+10 – amazon
プロコル・ハルム(青い影) PLUS – TOWER RECORDS

パンフレットにエッセイを書くにあたって、一連の「青い影」法廷闘争の流れをまとめてあるサイトなどを読み漁っていったのですが、毎日のように記事を熟読していくうちに、果たして自分は『あの歌を憶えている』のエッセイを書いているのか、「青い影」訴訟のレポートを書いているのかどっちなんだ?…とよく分からなくなってきました。
なのでパンフレットでは要点だけ簡潔にまとめた感じです。あと、当方の好きなマシュー・フィッシャーの苦悩を知って頂きたいな…という思いも少なからずあったかもしれません。

そんなわけで、詳しい話はブログで書かせて頂きます。
今回もテキストが長いです。

まず「青い影」の著作権を巡る法廷闘争はこのような流れでした。

  1. フィッシャーが「青い影」の著作権を巡ってゲイリー・ブルッカーとキース・リードを相手に訴訟を起こす (2005年)
  2. 高等法院がフィッシャーの訴えを認め、作曲者としてのクレジットと40%のロイヤルティを認める (2006年)
  3. 判決を不服としたブルッカー側が控訴 (2006年)
  4. 控訴院にて高等法院での判決が一部覆り、フィッシャーの作曲者としてのクレジットは認めるが印税を受け取る資格はないとされる (2008年)
  5. 今度はフィッシャー側が控訴。貴族院にてまた判決が覆り、フィッシャー側の主張が認められる最終判決が下る (2009年)

控訴院で高等法院での判決が覆った原因は「(訴訟提起の)許しがたい遅延」でした。おそらく「なぜ(「青い影」)がリリースされて38年も経ってから訴訟を起こしたのか?」、つまり「金目当ての訴訟ではないか?」と思われて心証が悪くなったためと思われます。

しかし控訴先の貴族院では、

「訴訟提起の遅れは、実際に金銭的利益を得ていた他の作家に何ら害を及ぼしていない」
「著作権侵害の申し立てには英国法では期限がない」


…という判断から、「フィッシャー氏が有名なオルガンソロを作曲したように、良いアイデアを持った人は、その曲から得た利益を守り、報酬を得る権利がある」ということで、「青い影」の将来の著作権料の分け前を得る権利があるという判決が下されたのでした。「訴訟提起が遅れたからと言って、そのことで38年もの間ブルッカー/リード側に損害が出ていたわけではない」ということでしょうか。

争点としては「あのオルガンパートは”作曲”なのか”編曲”なのか?」ということになるのかな。

ブルッカー(とリード)は一貫して「あの曲を作ったのは自分たちであり、フィッシャーは後から参加して曲に手を加えただけだから、それは”作曲”とは言えない(=編曲だ)」という姿勢だった。

しかし、個人的にはあのハモンドオルガンのパートは編曲の域を超えているような気がします。
よく「あのハモンドオルガンのイントロが…」という表現を見聞きしますが、ここで大事なのはフィッシャーの作ったハモンドオルガンのメロディは「対旋律」にあたるものであり、イントロや間奏どころか、ブルッカーのボーカルパートでもずっと独立した旋律を奏でているという点。それを考えると「青い影」でのフィッシャーの貢献度は共同作曲者のクレジットに値するものだということになる。

だからこそ、貴族院で「フィッシャー氏のその後の貢献は大きく、特に導入部の8小節は作品の成功の重要な要素であった」「60 年代を覚えている者の一人として、あの記憶に残るオルガンパートの作者がようやく当然の評価を得たことを嬉しく思います」という法服貴族の言葉が出てきたのでしょう。

フィッシャーは「青い影」がヒットした当時、([曲の) 楽譜の校正を見て、最初の8小節が自分のオルガンソロだったにも関わらず、楽譜の一番上には「ゲイリー・ブルッカー作曲」と書かれていてショックを受けたらしい。しかしブルッカーがそのことにまったく同情してくれなかったので、自分は完全に打ちのめされたとWeb記事のインタビューでフィッシャーが語っていました。
「青い影」の共同作曲者としての権利について相談しようとすると、ブルッカーとリードには拒否されるか無視されるかのどちらかだったとか。訴訟が先延ばしになったのも、弁護士も含めていい助言をくれる人がおらず、「勝てる望みはないから(訴訟は)やめておけ」と何度もと言われてきたからだそうです。

Organist wins battle for recognition for A Whiter Shade of Pale riff
https://www.theguardian.com/music/2009/jul/30/lords-ruling-whiter-shade-pale

1967年当時、曲の著作権についてもっとしっかり話し合っていれば、こんなことにはならなかったのかもしれないな…と一瞬思ったものの、プライド高くて我が強そうなブルッカーが共同作曲者の件でフィッシャーに譲歩するわけないかと思い直した次第です。

ブルッカーがプライドが高くて我が強そうだというのは、プロコル・ハルムが1972年にテン・イヤーズ・アフターとのジョイントコンサートで来日したとき、「青い影」に合わせて手拍子をした日本の観客に向かって「お前らに俺のオックスフォード・イングリッシュが分かるか!」と言い捨てたエピソードでお察しという感じ。
あと「青い影」の一発屋だと思われるのを嫌い、プロコル・ハルムのライブで「青い影」を演奏するのを拒否した時期があったというのも、この方のプライドの高さが垣間見えるエピソードです(当然、「青い影」を期待してライブに来た観客からは大ブーイングを食らったらしい)。ちなみにその時期フィッシャーは既にプロコルを脱退していました。

Procol Harum /Broken Barricades (3 Discs) – TOWER RECORDS
Procol Harum / Broken Barricades +4 (ライブ音源なし) – amazon music

そういえばプロコル・ハルム5枚目のアルバム「ブロークン・バリケーズ」のCD3枚組デラックス版には1971年のライブ音源が収録されていましたが、確かに「青い影」はラインナップに入っていませんでした。

マシュー・フィッシャー / ジャーニーズ・エンド – amazon
マシュー・フィッシャー / ジャーニーズ・エンド<生産限定盤> – TOWER RECORDS

一方、バンドを脱退したフィッシャーは1973年のソロアルバム「Journey’s End」で”Going for A Song”という曲を歌って(一部の)プロコルファンを騒然とさせました。

窓枠からステンドグラスを外してもいいし、
僕のウイスキーとシャンパンを飲んでも構わない
ゴルフコースをトラクターで横切ってもいいけど、
僕にあの歌をまた歌わせないで

(中略)

歌詞が嫌いなわけじゃない
もっといい歌詞があるのは認めるけど
でもその曲を聞くたびに
本当に落ち込むんだ

…というような歌詞で、「あの歌」というのはどう考えても「青い影」なので、フィッシャーが”「青い影」を演奏するのにうんざりした心境を歌った曲”だと長年解釈されていました。
コーラスパートでフィッシャーと一緒に「気分が悪くなるんだ」「本当に落ち込むんだ」と歌っているのが、ブルッカーにプロコル・ハルムを一方的にクビにされたドラマーのボビー・ハリソンというのがまた実に暗示的でもあったり。

でもそれは間違った解釈で、フィッシャーは自分自身のことを歌っているのではなく、前述のように“ライブで「青い影」を歌うことにうんざりしていた時期のブルッカー”としてこの曲を歌っているのでした。

「なぜなら彼(歌詞の人物)は”私に歌わせないで”と言うからです。そして私はその歌(「青い影」)を歌ったことは一度もありません。演奏しただけです。私自身はこの歌を演奏するのが大好きで、誰かが私に演奏して欲しいと言えばいつでも演奏します」

…と、某所のインタビューでフィッシャーが語っていました。

実際、フィッシャーは2010年代になっても小さなライブ会場で「青い影」を演奏しているようですし、ボビー・ハリソンとは晩年まで親交があったようです。ブルッカーに振り回された者同士、気が合うところがあったのでしょうかね。動画の14分くらいの部分で「青い影」の演奏が見られます。

自分はフィッシャーのソロアルバム5作(「Journey’s End」「I’ll Be There」「Matthew Fisher」「Strange Days」「A Salty Dog Returns」)が大好きです。ちなみに「A Salty Dog Returns」はフィッシャーがお遊びで作ったインストの自作自演シンセポップ集。
プロコル・ハルムのキース・リードのような哲学的で深遠な歌詞ではないのだけれども、社会で器用に立ち回れず、人生で挫折を味わった人(筆者含む)の心にしみるような、「ちょっと情けない男」の切ない歌詞がいいんですよ…。そしてフィッシャーの美メロと、線の細い繊細な歌声も満喫できる。

機会がありましたらぜひ聴いて頂きたいアルバムです。

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