先週、『手紙は憶えている』(15)を観てきました。
何というか…「すごいものを観てしまったな」というのが率直な感想です。
日本版の映画の公式サイトやチラシで「ラスト5分の衝撃」という”余計なお世話”な煽り文句が躍っておりますが、
この映画の場合「あんた この復讐をどう思う」というテーマがあまりにも強烈すぎて、
オチが読めたとか読めないとか正直どうでもよくなります。
アトム・エゴヤン監督と言えば、
「この世には 決して癒えない 傷もある」というテーマを描き続ける映像作家でありますが、
今回の『手紙は憶えている』は他人の脚本にもかかわらず、
物語を完全に自分の色に染め上げておりましたね…。
さてこの映画、
何を書いてもネタバレになりそうなので、
ストーリー分析とか感想は割愛。
ここではいきなり音楽について書かせて頂きます。
エゴヤン作品と言うことで、
音楽は弊社契約アーティストのマイケル・ダナが担当。
『コウノトリ大作戦!』(16)の賑やかな音楽を書いた人とは思えないほど、
寂寥感と喪失感とイヤな緊張感(←褒め言葉)に満ちた音楽を作り上げています。
90歳のゼヴの翁(クリストファー・プラマー)が一人で復讐の旅に出る物語ということで、
孤独感を表現するためかオーケストラの規模も小さめ。
確か弦2部とソリスト数名の合計15人くらいの編成だったような気がします。
メインテーマで哀愁のヴァイオリン・ソロを聴かせるイージャ・スザンヌ・ホウは、フランス・イタリア・スペインの音楽コンクールで優勝したヴァイオリニストだそうですが、エゴヤン監督作『Adoration』(08・日本未公開)のマイケルさんのスコアでもヴァイオリンを弾いてます。
ピアノのイヴ・エゴヤンは名前からも分かるとおりエゴヤン監督の妹さんです。クラシック/現代音楽のピアニストとして活動しているようで、マイケルさんの『クロエ』(09)や『カポーティ』(05)などでもピアノを弾いておりました。
全編、哀愁漂う枯れた味わいの音楽が流れる本作ですが、
その一方で不協和音やノイズを用いた実験音楽的な側面も持ち合わせておりまして、
ゼヴがルディ・コランダー1号(ブルーノ・ガンツ)に「窓のそばに立て」と凄むシーンや、
ルディ・コランダー3号の家でナチ信奉者の息子(ディーン・ノリス)と対峙するシーンで、
背筋に寒気が走るような、
低音の持続音と不協和音を使った何とも不吉な音楽を聴くことが出来ます。
これは音楽というよりサウンド・デザインといった方がいいかもしれません。
何しろゼヴの翁は認知症を患っているという設定なので、
この不吉極まりない音楽が鳴ると、
ゼヴが自分でも何をしているのか分からなくなって、
何か取り返しのつかないことをするんじゃないかと、
映画を観ているこちらが大変恐ろしい気分になってくるのです。
この音楽演出、ハッキリ言ってヘタなホラー映画よりずっと恐ろしかったです。
そして『手紙は憶えている』の音楽は、
メロディー的にも、テーマ曲の組み立て的にも、
最後まで本当に救いがない。
物語がああいう形で幕を閉じても、
誰一人として幸せになれないし報われもしない。
そんな癒えることのない悲しみ、
永遠に消えることのない憎しみ、
そして復讐の果てにある虚無。
マイケルさんの音楽はその全てを表現していましたね…。
ホラー映画の音楽やサスペンス映画の音楽ともちょっと違う、
『手紙は憶えている』のスコアが醸し出すただならぬ雰囲気。
サントラマニアの方には是非一度体験して頂きたいと思います。