ランブリング・レコーズ様からのご依頼で、
『ムーンライト』(16)のサントラ盤にライナーノーツを書かせて頂いたのですが、
文字数の関係でライナーノーツに書けなかったこともいくつあったので、
それを弊社のブログで数回に分けて補完させて頂いております。
前回はスコアの概要をご紹介したので、
今回は「チョップド&スクリュード」の手法について書かせて頂きます。
既に音楽関係のサイトなどで紹介されているとおり、
『ムーンライト』の一部の音楽には「チョップド&スクリュード」という手法が用いられています。
これは何かと申しますと、
90年代にアメリカ南部(主にヒューストン)のヒップホップ・シーンで生まれたリミックスの手法で、
「極端に曲のピッチを落とした上で、さらに半拍ずらしてミックスする」というものです。
『ムーンライト』の音楽では半拍ずらしよりも前者の「スローな音にする」という方が重要視されています。
このミックスの考案者はDJ Screwということになっていますが、
何でこんな奇妙な手法を思いついたのかというと、
いわゆる危険なおクスリ(=コデイン)をキメた時の陶酔感を音楽的に再現したかったみたいです。
リブート版『ジャッジ・ドレッド』で「スローモー」というヤバいドラッグの描写がありましたが、
多分DJ Screwもコデインをキメたらあんな感じになったのでしょう。
(ちなみにこの方はコデイン摂取目的の咳止めシロップの飲み過ぎが祟って2000年に亡くなりました)
で、どのぐらい曲をスローにするのかというと、
“極端に”というぐらいだから女性の声が野太い男声になるぐらい遅くします。
その結果、非常にどんより・もったり・ずっしりした重たぁぁぁぁぁい音になります。
例えばこんな感じ↓
原曲はこのぐらいのテンポ。
ドラッグの陶酔感・酩酊感を音楽で表現するために編み出された手法が、
悩める少年の繊細な物語の音楽で使われることにどんな意味があるのか?
「劇中でチョップド&スクリュードのリミックスが施されたヒップホップの曲を使う」のではなく、
「ニコラス・ブリテルのスコアをチョップド&スクリュードする」ことにどんな狙いがあったのか?
…と、ワタクシ映画鑑賞前から興味津々だったのです。
で、いざ映画本編を観てワタクシが感じたのは、
チョップド&スクリュードされた重たい音は、
感情を表に出さない(出せない)シャロンの心の中を暗示するものだったのかな、ということでした。
陰湿ないじめにひたすら耐え、
「自分が好意を寄せている相手から殴られる」という理不尽な状況にも耐え、
自分が好意を寄せている相手の姿を夢に見てひとり恍惚となり、
でも本人を前にしても、
自分の中の純真さを失いたくなくて、
想いを言葉に出さずに押し黙ってしまう。
そういうシャロンの「悶々とした」状態を、
チョップド&スクリュードされた重たい音楽で表現していたのではないかな、とワタクシは思いました。
音楽が歪むくらいシャロンは思い悩んでいるんですよ、とブリテルのスコアが訴えかけているように聞こえたのです。
ちなみにブリテルは『ムーンライト』の音楽で、
チョップド&スクリュード以外にも実験的な手法を使っていまして、
シャロンがケヴィンとハイ・ファイヴを交わした音を加工して、
打楽器風の音にした曲を作ったりもしているようです。
そう言えばブリテルは基本的にクラシック畑の音楽家ですが、
『マネー・ショート 華麗なる大逆転』(15)のスコアでも、
マウスクリックの音で曲を作ってしまった人なので、
(Mouseclick Symphony Movement 1という曲)
実験音楽的な曲作りにも長けた人のようです。
やっぱり天才だよこの人!
…というわけで是非『ムーンライト』のサントラ盤をお買い求め頂きまして、
スコアの隅々からニコラス・ブリテルの”才気”を感じ取って頂きたいと思います。
『ムーンライト』オリジナル・サウンドトラック
音楽:ニコラス・ブリテル
レーベル:Rambling RECORDS
品番:RBCP-3186
発売日:2017/04/07
定価:2,400円+税