ランブリング・レコーズ様からのご依頼で、
「死体が喋った!あんた信じるか」的ボーイズラブ青春サバイバル映画『スイス・アーミー・マン』(16)のサントラ盤にライナーノーツを書かせて頂きました。
前回は挿入歌「モンタージュ」をご紹介しましたが、
今回はアンディー・ハルとロバート・マクダウェルが書き下ろしたオリジナル・スコアを中心にご紹介したいと思います。
ハルとマクダウェルは監督のダニエルズから「楽器を使わず声だけで曲を作ってくれ」とリクエストされて、
その結果ほぼ全編”声”だけのアカペラ・サウンドのスコアになっているという話を前回のブログで書きましたが、
その「声だけスコア」の中にもいろいろな”仕掛け”が施されておりまして、
これらを細かく見ていくと、『スイス・アーミー・マン』の音楽の面白さがぐーんと増してくる。
で、そもそも何でダニエルズは「声だけで曲を作ってくれ」とリクエストしたのかというと、
「ハンクとメニーは自分の頭の中で音楽を作り出しているはずだ」と考えたからだそうなんです。
つまり無人島とか人気(ひとけ)のない場所に取り残された二人は、
何もない場所で正気を保つため(あるいは精神的に完全にイッてしまって)、
頭の中で絶えず「脳内音楽」が鳴っているであろうと。
それを表現したのが本作の音楽ということになるわけです。
そしてハンクとメニーの頭の中の音楽だから、
音の素材としてハンク役のポール・ダノとメニー役のダニエル・ラドクリフの声(=ボーカル)も使っていると。
さらに万能死体のメニー君は、映画の序盤では会話機能がまだぎこちないので、
ボーカルも歌詞のある曲を歌うというより、
「♪ダー、ダー」とか「♪ディディディドーンドーンドーン」というスキャット(?)が多めになっているという徹底したこだわりよう。
物語が進んでメニー君の会話機能が向上してくると、
流暢に『ジュラシック・パーク』(93)のテーマを口ずさんでみたり、
フォークソングの「コットン・アイ・ジョー」を歌えるようになったりするのですが。
一方のハンク君もことある度に歌を口ずさむのですが、
どうやらそれは彼の「思い出の歌」らしいことが分かる。
その歌というのがサントラ24曲目の「A Better Way」という曲のメロディーなのですが、
これは『スイス・アーミー・マン』の脚本を読んだアンディー・ハルとロバート・マクダウェルが最初に書き下ろしたイメージスケッチ的な曲でして、
両方の意味で「映画の根幹をなす曲=メインテーマ」になっています。
それを踏まえた上で本作のサントラを聴いてみると、
「A Better Way」のメロディーが「Intro Song」や「Cave Ballad」、「River Rocket」、「Finale」など主要な曲で繰り返し使われていることが分かる。
ちなみにサントラ盤のライナーノーツには字数の都合で書けませんでしたが、
サバイバルライフ&友情賛歌「モンタージュ」のメロディーは事実上の「愛のテーマ」ですね、多分。
『スイス・アーミー・マン』のスコアの作曲には13ヶ月くらいかかったらしいのですが、
映画本編が割と短期間で撮り終わったらしいという事実を考えると、
随分と長い期間曲作りに携わっていたことになります。
何でこういうことになったかというと、
撮影現場で出演者が主要な曲を歌えるように、
映画の撮影開始前に一定量の音楽を作っておく必要があったからなんですね。
撮影開始前に「A Better Way」のバリエーション曲がある程度出来上がっていたからこそ、
映画の冒頭でメニー君を見つけたハンクが「♪ヤーイヤイ、ヤーイヤイ」と口ずさみながら彼のそばに歩み寄っていく演出や、
洞窟でボソボソと歌う演出が可能になったのではないかと。
まあワタクシはそう思ったりするわけです。
映画の中盤でメニー君とハンクの間の”ラブ”が最高潮に達した瞬間、
「ジュラシック・パークのテーマ」のスピリチュアルなアカペラ・カヴァーが流れますが、
あれ、よくジョン・ウィリアムズが使用許可を出してくれましたね。。
ことほどさように作り手側の創意工夫と遊び心がつまった『スイス・アーミー・マン』のサントラ盤、
個人的には10年に1度出るか出ないかの傑作サントラではないかと思っております。
ザ・ビーチ・ボーイズの楽曲のような絶品コーラスワークが冴え渡る、
奇跡のアカペラ・スコアを本盤で是非お楽しみ下さい。
『スイス・アーミー・マン』オリジナル・サウンドトラック
音楽:アンディー・ハル&ロバート・マクダウェル
レーベル:Rambling RECORDS
品番:RBCP-3199
発売日:2017/09/13
定価:2,400円+税