『ビール・ストリートの恋人たち』のニコラス・ブリテルの音楽は、ストリングスと管楽器で様々な愛の形を描く。

ランブリング・レコーズ様からのご依頼で、
『ビール・ストリートの恋人たち』(18)のサントラ盤にライナーノーツを書かせて頂きました。
音楽は『ムーンライト』(16)でバリー・ジェンキンス監督と組んだニコラス・ブリテル。

映画のマスコミ試写が去年の12月中旬ぐらいにあって、
ライナーノーツ原稿の締め切りが年明けだったので、
ワタクシ年末年始にあらゆる資料を調べまくって、
ランブリングさんから頂いた音源を何度も聴いて、
(たぶん3, 4週間で70~80回くらいサントラを聴いたんじゃないかと思う)
正月休み返上で『ビール・ストリート』の音楽分析に取り組んだのでした。

普通、サントラの音源を何度も聴いているとお腹いっぱいになってくるものですが、
『ビール・ストリートの恋人たち』の音楽は全く飽きませんでした。
それどころか聴き終わったらまた最初から聴きたくなって、
つい再生ボタンを押してしまうほど。

なぜかというと、
どの楽曲もすごくメロディアスで思わず聴き惚れてしまうから。
そして聴けば聴くほど、音楽に込められたテーマが見えてくるから。

 

本作同様に美メロが印象的だった『ムーンライト』は、
音楽のコンセプトとして、
「ヴァイオリンとピアノのポエム」
「チョップド・アンド・スクリュード」という二大要素がありました。

■『ムーンライト』のスコアについて言及した過去のブログ記事

『ムーンライト』の音楽で注目度UP!ニコラス・ブリテルのサントラをいろいろ聴いてみようの巻
https://www.marigold-mu.net/blog/archives/8506
若手作曲家ニコラス・ブリテルが『ムーンライト』で描いた「ピアノとヴァイオリンのポエム」
https://www.marigold-mu.net/blog/archives/8513
チョップド&スクリュードの手法は『ムーンライト』の音楽に何をもたらしたかを考える。
https://www.marigold-mu.net/blog/archives/8515

 

それでは今回の『ビール・ストリートの恋人たち』のコンセプトはというと、
「ストリングスと管楽器で愛を描く」
「愛と不平等のドラマに寄り添う音楽」
「クラシックとジャズの両方の要素を併せ持つ音楽」という感じでしょうか。

ジェンキンス監督は当初「管楽器とジャズの要素を持った音楽」をブリテルに提案していて、
ブリテルも管楽器メインのスコアを書き下ろしたらしいのですが、
「どうも何かが足りない」と思ってストリングスを追加したのだそうです。

「ストリングスが入っていない初期のスコアはどんな感じだったのかな?」と思ったりするわけですが、
たぶんサントラ盤の19曲目にボーナストラックとして収録されている”Harlem Aria”みたいな感じだったのだと思います。
もちろんこれだけでもクオリティの高い楽曲だとは思うのですが、
確かに「何かもうひとつあるといいかも…」という気もします。

かくして情感豊かなストリングスを加えてみたところ、
映画で描かれる様々な愛の形が、
より明確なものとなって音楽に反映されるようになったのでした。

その愛の形というのは、
ティッシュ(キキ・レイン)とファニー(ステファン・ジェームス)の純愛はもちろん、
ティッシュの両親から娘に注がれる親子愛、
ティッシュと姉の姉妹愛、
若い恋人たちに理解を示す人々との友愛などが挙げられますが、
ブリテルが作曲した「弦と管楽器を用いたスコア」は、
複数のモティーフを活用してそれらを全て音楽で表現している。

前作『ムーンライト』も繊細かつポエティックな音楽でしたが、
より純愛ドラマ路線にシフトした今回の『ビール・ストリートの恋人たち』の音楽も、詩情溢れるメロディアスなスコアに仕上がってます。
管楽器の使い方はジャジーな感じなのだけれども、
ストリングスはクラシック音楽や普遍的なオーケストラ・スコア風という印象。

基本的に甘美なスコアが多めなのですが、
アルバム7曲目の”Call Him Fonny/The Tombs/PTSD”や、
11曲目の”Hypertension”はダークで実験音楽的なサウンドになってます。
これが「愛と不平等のための音楽」の「不平等」な側面を描いたものなのではないかと。
どちらも刑務所生活の過酷さが語られるシーンや、
人種差別主義者のベル巡査(エド・スクレイン)のシーンで使われる曲なので、
ある意味、当時のアメリカ社会の抑圧されたシステムを暗示した曲と言えるわけです。
こういうダークな曲があるからこそ、
「過酷な現実に抗い、愛を貫き通す」という信念の尊さを描いた「愛のテーマ」の美しさが活きてくるとも言えるでしょう。

ニコラス・ブリテル、『ムーンライト』に続いてまたしても傑作スコアを作り上げて下さいましたね!と、ワタクシ嬉しくなりました。
アカデミー賞作曲賞もブリテルが受賞してくれると嬉しいです。
(本命は『ブラックパンサー』(18)のルドウィグ・ゴランソンかなぁ、と予想しているのですが…)


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