『荒野にて』のスコアは”考えるのではなく、感じる音楽”…だと思う。

ランブリング・レコーズ様からのご依頼で、
『荒野にて』(17)のサントラ盤にライナーノーツを書かせて頂きました。
音楽はジェームズ・エドワード・バーカー。

日本のサントラリスナーにもほとんど知られていない作曲家ですが、
ワタクシちょうどこの仕事の数週間前に『タイム・トゥ・ラン』(15)をDVDレンタルで観ていて、
「B級アクション映画専門の作曲家さんかと思ったら、アンドリュー・ヘイのようなアート系映像作家の作品も担当するんだなぁ」という感じで、どんな音楽を書いたのか俄然興味が湧いてきたのでした。

で、ランブリングさんから送って頂いた音源を聴いてみたら、
当方の想像以上に深遠な音世界を構築していたので、軽く衝撃を受けた次第です。

そして試写で映画本編を観たらさらに衝撃。
上映時間122分の中で、スコアが使われていたのは20分ちょっとでした。。
思えば『さざなみ』(15)もスコアが一切ない映画でしたね。。

それじゃあ今回もスコアがなくてもよかったんじゃね?…と思われるかもしれませんが、ヘイ監督はそうしなかった。
その理由を考えてみると、
やはり「荒野」という特殊なロケーションと、
そこを彷徨う口数の少ないナイーブな少年の機微を描くためには、
ここぞというところで音楽が必要だったのでしょう。

 

通常、馬映画の音楽はギターを使ったフォーキーな感じのものだったり、
フルオーケストラによる雄大でメロディアスなものだったりすることが多いのですが、
『荒野にて』のスコアはアンビエント/ミニマル・ミュージックやサウンドスケープ、実験音楽といった感じのサウンドになってます。

ヴァイオリン・ヴィオラ・チェロ・ディルルバの擦弦楽器奏者が4,5名と、
ダブルベース奏者が1名。
フレンチホルン奏者とトロンボーン奏者が各2名。
バーカー自身が弾くギターやベースなどの撥弦楽器に加えて、
シンギングボウルやヴィブラフォンなどのパーカッション奏者が1名という少人数編成。

ワタクシが音楽を聴いた印象だと、メイン楽器は「弓」ということになりますね。
弓というのはヴァイオリンを弾く時などに使うあの「弓」です。
何でそんなことが言えるのかというと、
バーカーは弓を使ってヴィブラフォンやシンギングボウル、シンバルを演奏しているから。

こういう特殊奏法を駆使して様々な楽器を弾いているので、
『荒野にて』のスコアは長い持続音が特徴的なサウンドになってます。
メロディを聴かせるタイプの音楽ではなく、
楽器が奏でる「音」そのものでダイレクトに感情を(聴き手に)伝える音楽とでも申しましょうか。
メロディで聴き手に感情の変化を「考えさせる」のではなく、
音の質感そのもので「感じさせる」ような音楽になっているのです。

 

さらに弦やヴィブラフォンの持続音を多用したサウンドなので、
まるで荒野に吹く風のごとく、
「ふと気がついたらスコアが鳴っていて、いつの間にか曲が終わっていた」というような使われ方をしていたのがすごく印象的でした。
そのぐらい自然音・環境音とスコアが完全に同化していたんですね。
バーカーやサウンドデザインの担当者は、相当ミキシングにこだわったと思います。

ヴァイオリンやヴィオラの演奏にしても、
ものすごく繊細かつ静かに演奏した音をマイクで拾って、
スコアで使うために音を大きくしなければならなかったと思うので、
レコーディング・エンジニアの苦労も相当なものだったと考えられます。
(マイクの感度を上げると余計なノイズも拾ってしまいますからねぇ…)

…というわけで、いささか特殊な音楽ではありますが、
シンギングボウルや弓で弾いたヴィブラフォンのスピリチュアルなサウンドを是非聴いて頂きたいなと思います。

そういえば、この映画のエンドクレジットで劇中使用曲のリストが出てきたのですが、
「本編でこんなに曲使ってたっけ?」と思ってしまうぐらい曲名がいっぱい出てきてました(ダイナーやバーのシーンなど「生活環境音としての音楽」としていろいろ使っていた模様)。

まぁ、映画の中で最も印象的なボーカル曲を2曲挙げるとしたらこれだろうなと。
この2曲はサントラ盤未収録なので、別途ご購入ください。

Bonnie Prince Billy / Ask Forgiveness (amazon)

Richmond Fontaine / You Can’t Go Back If There’s Nothing to Go Back To (amazon)

 

『荒野にて』オリジナル・サウンドトラック(amazon)
オリジナル・サウンドトラック 荒野にて / James Edward Barker (TOWER RECORDS)

『荒野にて』オリジナル・サウンドトラック
音楽:ジェームズ・エドワード・バーカー
レーベル:Rambling RECORDS
品番:RBCP-3309
発売日:2019/03/27
定価:2,400円+税

 

Mychael Danna & Jeff Danna『A Celtic Romance』好評発売中!
レーベルショップ
iTunes A Celtic Romance: The Legend of Liadain and Curithir - Mychael Danna & Jeff Danna