『MILK』の音楽について

お待たせしました(別に待ってないか)。
今回は『ミルク』(08)のサウンドトラックについて。

このところガス・ヴァン・サントは既製曲のコンピレーションを中心とした
サントラを作っていたのですが、『ミルク』では久々にオリジナル・スコアが
つきまして、ダニー・エルフマンとタッグを組んでおりました。

1998年の『サイコ』以来の顔合わせだなぁ、と思ったのですが、あの映画の
音楽はバーナード・ハーマンの曲を完全カヴァーした構成だったので、
エルフマン書き下ろしのオリジナル曲となると、前年の『グッド・ウィル・ハン
ティング 旅立ち』(97)以来という事になるわけです。

今回の『ミルク』では、あのエルフマン独特のケレン味をぐっと抑えたシックな
装いのオーケストラ・サウンドを披露しています。
ハーヴィー・ミルクのパーソナリティをそのまま反映させたような、全体的に
優しげで控えめな感じと申しましょうか。切なくてやるせないけれど、どこか
希望を感じさせてくれるサウンドです。

特に23曲目から25曲目の展開は、映画本編を見た後に聴くとかなり泣けます。
実際、久々に聴いたら映画の終盤のシーンを思い出して目頭が熱くなりました。

あの名作『シザーハンズ』(90)のラストシーンのような、静かな感動を呼び
起こしてくれる名曲というか何というか。
やっぱりスラムドッグなんたらより、『ミルク』が作曲賞を獲るべきだった
ような気がします(今更ですが)。

アルバムにはエルフマンのスコア22曲に加えて、70年代当時のヒット曲が
6曲収録されています。聴き所はSylvesterの「You Make Me Feel (Mighty
Real)」でしょうか。このシルヴェスターという人、いわゆるドラァグ・パフォー
マーでして、ゲイのディスコシンガーだったんですな。で、ミルクの誕生
パーティーで実際にこの曲を歌った事もがあるのだそうです。

映画でもそのシーンがそっくりそのまま再現されていて、ケバケバしい
格好をした歌手がファルセット・ヴォイスでこの曲を熱唱しておりました。
シルヴェスター本人は1988年にAIDSで亡くなっているので、映画に
登場するのは彼に扮したそっくりさんなのですが。

差別や偏見と闘うマイノリティの人々の物語に、Sly & The Family Stoneの
「Everyday People」を持ってくるあたりも実にニクい選曲です。

ただ、スウィングル・シンガーズの「プレリュード第7番(バッハ)」をあの
シーンに持ってくるというのは、本気でやっているのか笑いをとるために
やっているのか、ちと判断しかねます。ガス・ヴァン・サントも屈折した
ユーモアセンスの持ち主だからなぁ。ま、このあたりは映画を観た人の
感性にお任せしますって事ですかね。

CDにはその他にもDavid Bowieの「Queen Bitch」やThe Hues Corporationの
「Rock the Boat」、The Sopwith Camelの「Hello, Hello」を収録。
ハズレなしのナイス選曲です。

それぞれのアーティストについてはCDのライナーノーツでざざーっと
紹介させて頂きましたので、ぜひぜひご覧頂ければと思います。

サウンドトラック盤はユニバーサルミュージックより今月15日発売。
慈愛に満ちたエルフマンの音楽をご堪能あれ。

『ミルク』オリジナル・サウンドトラック
音楽:ダニー・エルフマン & Various Artists
品番:UCCL1140
定価:2,500円
  

MILK


数日前、ユニバーサルミュージックのMさんから『ミルク』のサンプル盤を
送って頂きました。どうもありがとうございました。そういえば、映画の公開も
そろそろだったなぁ。

カレンダーを調べてみると、ワタクシがこの映画を試写で見たのは1月29日でした。
その時点で既にあらゆる映画賞を受賞していて、何だかスゴイ事になって
いるらしいという事で、ユニバーサルさんも配給会社さん(ピックス)も宣伝に
ヒジョーに気合が入っていたのを思い出しました。

で、本編を見た感想はというと、こりゃ確かに見応えのある映画だわ、と。
同性愛者としてアメリカで初の公職に就いた政治家の物語という事で、
実はワタクシこの手のテーマがちょっとばかり苦手だったんですが(ミルク
とスコット・スミスの馴れ初めのシーンとか・・・)、その点を差し引いても、
本当に素晴らしい映画だなと思いました。

このハーヴィー・ミルクという人は「同性愛者の人権解放」を目指して奮闘
していた政治家だったのですが、それ以外にも高齢者や労働者、女性
といった1970年代当時まだまだ社会的立場が弱かった人々のために
尽力した人でもあったのです。そんな彼の誠実さがまた涙を誘うんですよ。

グダグダ感の漂う今の日本の政界を見ていると、「こういう世のため人の
ために尽くしてくれる政治家はいないのかなぁ」などと思ってしまいます。

1960年代から70年代のアメリカといえば、リベラルな思想に憧れる人が
出始めてきた反面、まだまだ保守的な色合いが強い時代でもありました。
そんな中で同性愛者である事をカミングアウトするというのは、相当
リスキーかつ勇気の要る事だったんだろうな、と思います。この映画で
描かれているように、カミングアウトは命に関わる問題だったのでしょう。

この映画を観ると、いわゆる「保守派」と呼ばれる人たちの考え方とか、
その根底にある思想がよく分かるので、そういう意味でもなかなか
興味深い作品になっています。アメリカという国は、今も昔も両極端な
ところがありますな。

さてそのミルクを演じたショーン・ペンなんですが、ナヨっとした仕草とか、
やけに柔和な笑顔とか、見事にゲイになりきっておりまして、あの変わりっ
ぷりは『カリートの道』(93)の薄毛の悪徳弁護士役以来の衝撃でした。

ショーン・ペンといえばやれパパラッチを殴っただの、オリヴァー・ストーンを
「ブタ」呼ばわりしただの、数々の武勇伝(笑)を持つワイルドなお方ですが、
そんな粗暴な一面など微塵も感じさせない役作りは、確かにオスカーに
値する演技なのかな、と思います(「完璧に別人になりきった」という意味で)。

ホントは今年のアカデミー賞主演男優賞はミッキー・ロークに獲ってもらい
たかったんですが、まぁ相手がペンなら仕方がないか、と。

ガス・ヴァン・サント監督作品といえば、サントラも毎回秀逸な出来なのですが、
話が長くなってしまったので、音楽については後日改めて書かせて頂きます。

   

24:リデンプション

『24 -TWENTY FOUR-』も今年でシーズン7に突入という事で、昨年11月にアメリカで
放送された『24:リデンプション』が今月19日からDVDリリースになります。

『リデンプション』はシーズン6と7を結ぶ2時間のスペシャル放送です。シーズン6で
身も心もボロボロになってしまったジャック・バウアー(キーファー・サザーランド)が、
安息の地を求めてアフリカ・サンガラに隠れ住むも、結局そこでも内戦のゴタゴタに
巻き込まれて闘いに身を投じるハメになる、というお話。

ジャックは捜査活動中の不法勾留や(シリーズ名物の)過剰な拷問が上院で問題に
なったので、アメリカ本国から召喚命令が下っております。
確かにシーズン6もカーティス(ロジャー・クロス)を撃ち殺したり、身内を拷問したり、
ロシア総領事館に乗り込んだり、やりたい放題だったもんなぁ。まぁ、カーティスの件は
アサドとの遺恨絡みでいろいろあったわけですが、容赦なく射殺せんでも・・・ねぇ?

核弾頭も爆発したし、シーズン6はかなりムチャクチャな内容だったような・・・。
(アレはやっちゃいかんでしょ。相変わらず放射能汚染の描写はテキトーだし)

で、話を『リデンプション』に戻しますと、ジャックにその召喚状を持ってくる慇懃な
大使館員トラメル役が『アリー・myラブ』でビリーを演じたギル・ベロウズなんですが、
何か・・・ちょっと見ないうちに随分ルックスが変わったなぁ、と。果たしてあれは
役作りなのか、今のベロウズが素でああいう感じなのか。後者だったらちょっと
悲しいものがあります。

ジャックの友人ベントン役はロバート・カーライル。元特殊部隊員という設定の割には
ちょっと華奢な気もしますが、まぁ相変わらず幸薄そうな感じでいい味出してます。
実際、本編ではやっぱり不幸な展開に(以下略)。

・・・というわけで、今回のエピソードはジャックがいかにして己の罪と向き合い、
過去にオトシマエをつけるのかが重要なテーマになっています。まさにジャックの
「贖罪と救済(=Redemption)の旅」を描いたドラマというわけですな。ストーリー
後半のジャックの「決断」をお見逃しなく。

音楽はTVシリーズ版と同様ショーン・キャラリーが担当。相変わらずビートの効いた
アグレッシヴな音楽を鳴らしてくれます。ただ今回は舞台がアフリカという事で、
民族楽器の音をサンプリングしてスコアの随所で使ってます。なので、いつもとちょっと
違う感じ。TVシリーズの時よりも荒削りな感じの音楽が多いです。

あと、最近の戦争映画のスコアで定番になりつつある「祈りのような女性ヴォーカル」が、
ドラマティックなパートで時々聞こえてきます。『ブラックホーク・ダウン』(01)で言うところの
リサ・ジェラード的役割ですね。

決して『トロピック・サンダー 史上最低の作戦』(08)の音楽を思い浮かべてはいけません(笑)。
ま、歌っているのは『トロピック・サンダー』と同じリズベス・スコット女史なんですけどね・・・。
何はともあれ、シリーズのファンなら押さえておきたい一品でしょう。

ワタクシも楽しんでライナーノーツを書かせて頂きました。

サントラ盤はランブリング・レコーズから今月18日発売です。

『24:リデンプション』オリジナル・サウンドトラック
音楽:ショーン・キャラリー
品番:GNCE7046
定価:2,625円

   

パッセンジャーズ

さてさて、本日は『レイチェルの結婚』(08)でアカデミー主演女優賞にノミネートされたアン・ハサウェイ主演作『パッセンジャーズ』(08)のご紹介です。

こういう映画は予備知識ナシで観に行った方が断然面白いので、ストーリーについては「飛行機事故の生存者をめぐるサスペンス」という程度で詳細は伏せさせて頂きます。ま、カンのいい人は途中で結末が分かるかもしれませんが、だからといって「オレ、オチが分かっちゃったもんねー」と得意顔で吹聴するのは野暮ってもんです。

この映画で重要なのは、そこに至る「過程」なんですな。サントラ盤の解説にも書きましたが、『パッセンジャーズ』は「結末」ではなく「過程」をじっくり味わって頂きたいと。ワタクシはハーヴェイ・カイテルの「あの映画」とか、ユアン・マクレガーの「あの映画」の世界観が大好きなので、ラストは不覚にも目頭が熱くなりました。

特にパトリック・ウィルソンの演技がいいんですよ。『リトル・チルドレン』(06)で「プロム・キング」を演じたあの人なんですが、この映画ではミステリアスな生存者エリックを演じております。登場した時は大惨事で死にかけた割には妙に平然としていて、診察を口実にクレアをナンパしたりするヤサ男なのですが、映画が後半に進むにつれて繊細かつ包容力のある面を見せてくれたりして、なかなかカッコイイではないかと思ってしまったわけです。

女性ドラマを得意とするロドリゴ・ガルシア監督だけあって、アン・ハサウェイもかわゆく撮れてます。一応キャリアウーマン的役どころなのでしょうが、イマイチ頼りない感じが萌えどころというか(笑)。全編出ずっぱりですし、「ハサウェイたんラブラブ」な人にも満足して頂けるかと。

さて『パッセンジャーズ』の音楽はといいますと、エドワード・シェアマーが担当してます。強烈な個性のあるアーティストではないので、いまいちメジャーになりきれない感はありますが、今回の音楽はアンビエント系でよい感じ。シェアマーといえば、『光の旅人 K-PAX』(01)というアンビエント・スコアの隠れた名作を世に送り出した実績があるわけですが、本作はその延長線上にある音楽といっていいでしょう。ピアノ(キーボード)のメランコリックな調べと、さざ波のように押しては退いていくシンセ・サウンドが心地よいです。特にエンドタイトル曲が出色なので、映画が終わっても席を立たない方がよろしいかと思います。

サントラ盤はランブリング・レコーズより3月4日発売です。輸入盤はハサウェイたんの顔が少々バタ臭い(?)感じで写っているので、ジャケットは国内盤の方が日本人の美的感覚に合っていると思います。

『パッセンジャーズ』オリジナル・サウンドトラック
音楽:エドワード・シェアマー
品番:GNCE7045
定価:2,625円

    

ホルテンさんとKaadaさん

…というわけで、本日は前回の『ホルテンさんのはじめての冒険』の話の続き。
Kaadaさんの音楽についてもうちょっと詳しく書く、という事でございました。

ビクターのTさんからお仕事の依頼を頂いてから、Kaadaさんについていろいろ調べてみたわけですが、母国ノルウェーでCloroformという3人組のオルタナ系ガレージ・ロック・バンドを結成していたり、Faith No Moreのマイク・パットンと組んでアルバムをリリースしていたり…と、どう考えても鉄道員のオジサンの映画とイメージが結びつかなかったんですな。

で、Kaadaさんのアルバムも購入しました。『Thank You for Giving Me Your Valuable Time』(1st)と『Music for Moviebikers』(2nd)の2枚を鑑賞(ジャケット画像提供:ROMZ RECORD)。

『Thank You…』は古き良きアメリカン・ポップス(サーフロックとかフィフティーズ・ポップスとか)をブレイクビーツでバラバラに解体して再構築した感じの内容。David HolmesとかThe Free Associationのアルバムみたいな感じでしょうかね。やっぱりホルテンさんの音楽とはほど遠いトンがった感じ。Cloroformもこんな感じの音楽でしたが。

で、もう一方の『Music for…』を聴くと「あ、なるほどねぇ」と『ホルテンさん』への登板も思わず納得。こちらの音楽はインスト主体の室内楽的アルバムで、雪国の寂寥感や素朴さが感じられる作品。いわゆる「架空のサウンドトラック」系のアルバムですね。ガレージロックと室内楽という音楽のギャップがスゴイです。

で、まぁKaadaさんの音楽をリサーチした上で本人にインタビューを敢行したのですが、ワタクシと歳が近いせいか、Kaadaさんも「Hey, Mol、メール読んだぜ!何でも聞いてくれよ!」ってなノリで、二つ返事で取材に応じてくれました。いやー気さくな人でひと安心でした(英語が通じてよかった、という点が一番安心したわけですが…)。

インタビューの詳細はCD封入のライナーノーツを読んで頂くとして、要点をかいつまんでお話ししますと、Kaadaさんは母国でもあえてインディーズ系の異色な映画を選んで作曲しているそうな。確かに『Natural Born Star』のジャケットを見ると、中身も相当変わった映画なんだろうなと思ってしまいますが。Kaadaさん曰く「ありきたりなロマコメ映画は興味ないんだよね」だそうです。ドクトク路線まっしぐらという印象でした。

そんなKaadaさんの音楽があったからこそ、『ホルテンさん』もベタなお涙頂戴ドラマになる事もなく、切なくもシュールな異色の人情ドラマに仕上がったんだろうなぁ、と思いました。

『ホルテンさん』の音楽で出色なのは、ラップスティール・ギターが哀愁のメロディーを奏でるオープニング曲「ベルゲン急行が行く」と、ホルテンさんが空港をたらい回しにされるシーンのトボケた曲「空港をウロウロ」でしょうか。

前回も書きましたが、サントラ盤はビクターエンタテインメントより好評発売中。

ハリウッド映画では味わえない、スカンジナビアン・ミュージックの独特な世界をぜひぜひお楽しみ下さい。

『ホルテンさんのはじめての冒険』オリジナル・サウンドトラック
音楽:Kaada(コーダ)
品番:VICP-64652
定価:2,625円