ホルテンさんのはじめての冒険

本日は北国ノルウェー発の人情ドラマ、『ホルテンさんのはじめての冒険』についてのお話。

「ホルテンさん」ことオッド・ホルテンは、ノルウェー鉄道・ベルゲン急行のベテラン運転士。一人暮らしのアパートで規則正しい生活を送る無口で生真面目な67歳のオジサマです。

ところが定年退職を迎えた最後の勤務の日に寝坊して、自分が運転するはずの電車に乗り遅れた事からさぁ大変、ホルテンさんの規則正しい毎日は次から次へと”脱線”していくのでありました、というのが大まかなストーリー。

言ってみれば、この映画は無口で朴訥としたホルテンさんのロードムービーという感じ。で、ホルテンさんは道中いろいろな人と会うわけですが、これがまた皆さん味のあるキャラばかりでいい感じなんですな。ある意味「ゆるキャラ」というか。

人なつっこいノールダール少年や、レストラン「ヴァルキュリーエン」の飄々とした老ウェイター、「ワシゃー目隠しされても物が見えるんじゃよ」とのたまい、ホルテンさんを恐怖の「目隠しドライブ」に連れて行くシッセネール、マニアックな「鉄道音当てゲーム」に熱中するノルウェー鉄道の職員の皆さんなど、心の温かい、けれども何だか心の奥底に哀しみを抱えていそうな、それでいてシュールな登場人物がホルテンさんの前に現れては、ホルテンさんに何らかの影響を与えていくと。

イマドキの日本映画だったら、さしずめもう20年近く顔を合わせていない息子(もしくは娘)とか、昔の恋人とか、余命幾ばくもない親友というような「分かり易い」キャラを登場させて、観客を全力で泣かせにかかるのかもしれませんが(エンドクレジットではきっとコテコテのバラード曲なんか流れたりするのでしょう)、この映画にはそういう意図はないようです。

人間描写は割とあっさりしていて、ホルテンさんが何を感じ、何を思っているかは映画を観た人が好きなように解釈していいような作りになってます。これが押しつけがましくなくて大変よい感じなんですな。ホルテンさんの珍道中を見ながら、「いろいろあるけど、人生って悪くないなぁ」と独りごちる。それがこの映画の楽しみ方なのかもしれません。

その他にも「世界の車窓から」に出て来そうなベルゲン急行の勇姿や、レトロでお洒落なノルウェーの町並みとか雪景色も美しく、一見の価値があります。そういや久しぶりにケータイやパソコンが話に絡んでこない映画を観ましたが、こういう素朴な作りの映画もいいもんですね。

映画はBunkamura ル・シネマ他で今週21日から公開。地方都市でも順次公開していくそうなので、詳しくは公式サイト(www.horten-san.jp)でご確認下さい。

…というわけで、当ブログ恒例のサントラ盤のご紹介。以前のブログでちょこっとお話したKaada(コーダ)というノルウェーのミュージシャンが音楽を担当しております。室内楽を思わせるストリングスにギター、ヴィブラフォン、木管、パーカッションなどを導入した哀愁のアコースティック・スコアを聴かせてくれます。

これがまたラウンジ系というかイージーリスニング系というか、マッタリとした味わいで、聴けば聴くほど味が出てくる音楽なのですが、ワタクシがインタビューを敢行したKaadaさんの紹介も含めて、詳しくは次回お話ししたいと思います。

サントラ盤はビクターエンタテインメントより好評発売中。

『ホルテンさんのはじめての冒険』オリジナル・サウンドトラック
音楽:Kaada(コーダ)
品番:VICP-64652
定価:2,625円

   

Mr. ブルックス 完璧なる殺人鬼

こういう映画を「面白い!」と言ってしまうのは、このご時世ヒジョーに不謹慎なのかも
しれませんが、まぁでもフィクションですからね。そのあたりは勘弁して下さい。

…というわけで、本日は2月6日DVDリリースの『Mr. ブルックス 完璧なる殺人鬼』(07)のお話。

ワタクシ、ケビン・コスナーが「アメリカの良心」的なキャラを演じていた頃(『ボディガード』
(92)とか『ワイアット・アープ』(94)のあたり)は何だか「俺はアメリカン・ヒーローなんだぜぇ」
という俺様オーラが出ていてあまり好きではなかったのですが、「自称エルヴィスの非嫡
出児」のイカレたカジノ強盗を演じた『スコーピオン』(01)を観て「コスナーもやるじゃん」と、
彼の役者根性を見直した次第です。

コスナーも悪役を演じる面白味のようなものが分かったのか、今回の『Mr. ブルックス』でも
タイトルロールのブルックス氏を余裕たっぷりに演じてくれています。

ブルックス氏は「表向きは良き父・良き夫で成功した実業家。その正体は殺人依存症の
シリアルキラー」という矛盾したキャラクターなわけですが、その別人格「マーシャル」を
演じているのがコスナーではなくウィリアム・ハートというところがミソ。

ある時はブルックス氏の殺人衝動を煽る邪悪な存在として、またある時は窮地に陥った
ブルックス氏の参謀役としてサポートするマーシャルを演技派ハートが演じる事によって、
人物描写に深みが増しているんですな。

ここでコスナーが一人でブルックス氏とマーシャルの両方を演じていたら、この映画は
ラジー賞確定だったハズ(一人二役とか三役とか演じると、だいたいロクな映画になり
ませんので…)。

本編を観ればお気づきになると思いますが、ブルックス氏とマーシャルが並んで座っている
シーンなどでは、同じ方向を振り返ったり、笑い出したりするタイミングが両者の間でピッタリ
合ってます。さすが同一人物の別人格、という感じでしょうか。作り込みの細かさに感心します。

そう、この映画は細部まで徹底的に作り込まれているのですね。ブルックス氏をゆする胡散
臭い青年、一連の連続殺人を捜査する女刑事アトウッド(デミ・ムーア)、彼女の離婚した
亭主と、訴訟担当の女弁護士、アトウッドに恨みを持つ脱獄犯、そしてブルックス氏の一人娘
ジェーン…と、一見何の繋がりもなさそうなエピソードが終盤で一気に収束する脚本が秀逸です。
ちゃんと前半で伏線も張られているし、実に緻密かつフェアな作り。

ま、ラストは賛否両論あるみたいですが、あれはアレでいいのではないかと。「あの一歩手前の
シーンで終わった方がいいのでは?」という意見も分からんでもないんですが、それだとブルッ
クス氏の理知的で狡猾な部分が弱くなってしまいますからね。あの終わり方で正解でしょう。

この映画の音楽はラミン・ジャワディ(Ramin Djawadi)が担当しております。最近だと『アイアン
マン』(08)の音楽で有名ですが、サウンド的にはTVシリーズの『プリズン・ブレイク』の時の
音楽に近い感じです。打ち込みとかサンプリングを多用したサウンドというか。時折ノイジーな
ギターリフなんかを挿入したりして、ポスト・ロック風のかなりカッコイイ音楽に仕上がっております。
オススメ曲は「The Thumbprint Killer」かな。

ブルックス氏のテーマも「善人モード」と「悪人モード」の2つが用意されていて、なかなか芸が
細かい。割とメロディーもしっかりしているので、ジマー系サウンドが好きな方は”買い”の一枚
でしょう。

ラストで流れるザ・ヴェイルズの「Vicious Traditions」もしっかり収録。

サントラ盤はビクターエンタテインメントより発売中。

『Mr. ブルックス 完璧なる殺人鬼』オリジナル・サウンドトラック
音楽:ラミン・ジャワディ
品番:VICP-64112
定価:2,520円

   

ランディ・エデルマンの音楽が好きなので、『ハムナプトラ3/呪われた皇帝の秘宝』サントラ盤の音楽解説が書けて嬉しかったというお話。

ランブリング・レコーズ様からのご依頼で、『ハムナプトラ3/呪われた皇帝の秘宝』(08)のサントラ盤に音楽解説を書かせて頂きました。スコア作曲はランディ・エデルマン。
国内盤サントラはもう廃盤&在庫切れなので、デジタル版へのリンクを貼っておきます。

The Mummy: Tomb Of The Dragon Emperor Original Motion Picture Soundtrack – amazon music

物語についてはもはや説明不要でしょう。冒険野郎リック・オコーネル(ブレンダン・フレイザー)とその仲間たちがミイラ退治を繰り広げるアクション・アドベンチャー・シリーズの第3作目です。今回は舞台をエジプトから中国に移し、ジェット・リー扮する皇帝とその配下の兵馬俑軍団相手に荒唐無稽なドツキ合いを繰り広げております。

物語の舞台が中国に移った時点で少々嫌な予感がしていたのですが(そもそもその時点で邦題の『ハムナプトラ』ではないわけですし)、エヴリン役もレイチェル・ワイズからマリア・ベロに替わったり(念のためフォローしておきますとマリア・ベロは演技派の名女優ですし自分は好きです)、リックの息子のアレックスにイマイチ好感が持てなかったり、全体的にモヤモヤする映画でございました。

このように作品の出来に関しては正直微妙な感じだった『ハムナプトラ3』ですが、音楽はなかなか良かったです。第1作のジェリー・ゴールドスミス、第2作のアラン・シルヴェストリと来て、今回はロブ・コーエン監督のお気に入り作曲家ランディ・エデルマンが音楽を担当しております。

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地球が静止する日(音楽について)

さて、今回は昨夜のブログで予定外に話が長くなってしまった『地球が静止する日』のつづきです。
本日は音楽について。

何故ワタクシがこの映画の音楽について(ブログを2部に分けてまで)お話ししたいかと申しますと、
国内版CDにライナーノーツを執筆するに当たって、作曲家のタイラー・ベイツさんご本人に
インタビュー出来たからなのですね。

ベイツさんといえば、ロックバンド”PET”の元メンバーで、『ドーン・オブ・ザ・デッド』(04)や
リメイク版『ハロウィン』(07)などホラー映画御用達の作曲家として知られておりまして、
いろんな意味でクセ者ミュージシャンなんじゃないかと内心ハラハラしていたのですが、
それは杞憂に終わりました。実際のベイツさんは、当方のひとつひとつの質問に丁寧に答えて
くれるナイスガイでございました。しかもルックス的にもなかなか男前だったりします。
「イケメン映画音楽家」みたいな売り文句で紹介したら、結構人気が出るかもしれません(笑)。

そのベイツさんが「今回はナラティブな音楽は必要なかったんだ」とインタビューで語ってくれた
ように、『地球が静止する日』の音楽は喜怒哀楽の感情が明確なメロディーで表現されているような
タイプのスコアではなく、抽象的なイメージのサウンドになっています。もっとも、数々のホラー
映画で世紀末的ムードを漂わせたスコアを書き下ろしてきたベイツさんなので、今回の「人類が
滅亡すれば、地球は生き残れる」というテーマを掲げた本作の音楽担当にはピッタリの人選と
いえるでしょう。

スコアは「オーケストラ+合唱隊+打楽器隊」の構成で、なかなか迫力ある音を聴かせてくれます。
『地球の静止する日』と同様テルミンも使っているようですが、今回はあまり印象に残る使い方では
ないような気も致します。

その代わり、ベイツさん自ら「ギターヴァイオル」という楽器を弾いております。この楽器、CDのクレジット
などでは”bowed guitar”などと書かれる事もありますが、バイオリンのように弓を使って弾くギターと
イメージして頂ければよろしいかと。レッド・ツェッペリンのジミー・ペイジやシガー・ロスなども自身の
アルバムで演奏した事があるので、ご存じの方もいらっしゃるかと思います。
で、この楽器がなかなかドクトクな音色を発しておりまして、謎めいた宇宙人のドラマにマッチした
音世界を作り出しております。

…というわけで、ランブリング・レコーズさんからリリースになる国内盤には、ライナーノーツの中で
タイラー・ベイツさんご本人が話してくれた曲作りのプロセスや、キャリアの方向性を決定づけた
思い出の映画、ロブ・ゾンビ監督の某作品を担当した時の苦労話など、いろいろ書かせて頂きました
ので、興味のある方は輸入盤ではなく国内盤をお買い求め頂ければ幸いに存じます。

国内盤の発売日は来年1月21日となっておりますので、ひとつよろしくお願い致します。

『地球が静止する日』オリジナル・サウンドトラック
音楽:タイラー・ベイツ
品番:GNCE7040
定価:2,625円

   

地球が静止する日

本日はweb上で賛否両論巻き起こっている映画『地球が静止する日』について。

この映画はロバート・ワイズ監督の古典SF作品『地球の静止する日』(51)のリメイク
なわけですが、冷戦下の核戦争の脅威を描いていた前作と異なり、今回は環境破壊
への警告がテーマとなってます。

例によって宇宙からの使者クラトゥ(キアヌ・リーブス)は「地球外文明の代表」として
地球にやって来るわけですが、リメイク版はこの時点で既にある「任務」を遂行する
気でいるので、核戦争を放棄するよう「説得」に来た51年版のクラトゥ(マイケル・
レニー)に比べると今回は非情な感じに描かれてます。

ま、それも無理ないかなと思うわけです。51年版同様、地球に降り立ったクラトゥは
おもむろに米軍に発砲されて負傷するし、「国の代表(=大統領とか)に会わせて
ほしい」と頼んでも拒まれるし、オリジナル版から57年経っても人類(特にアメリカ人)が
全然進歩していないんですな。相変わらず米軍は「未知なるもの」に攻撃を仕掛ける
ことしか考えてないし…。これだから「友好的な態度で説得を試みても聞く耳持たない
だろう」ってな発想になるのも分かる気がするのです。

で、クラトゥ氏は「人類が滅亡すれば、地球は生き残れる」とのたまうワケですが、
これも何となく納得してしまうんですよ。特にアメリカは環境問題に取り組みたがら
ない国ですからね。そういえば『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』でも、シャアは
アクシズを地球に激突させて人類を粛清しようとしていましたし、『機動戦士Vガン
ダム』ではタイヤ付き戦艦で地球上のあらゆる建造物をブッ潰す「地球浄化作戦」
なんてのもありましたな。「人類が生きている事自体、地球にとって有害である」
という発想は、割とよくある考え方なのかもしれません。

原作では、クラトゥが人類に警告を発するため、30分だけ世界中の電気をストップ
させるシーンが物語の中盤にあるのですが、今回のリメイク版ではその場面がラスト
シーンに移されているのです。これはヘレン(ジェニファー・コネリー)やバーンハート
教授(ジョン・クリース)が「危機に瀕したとき、人類は変わる事(進化)ができる」と
言った事を受けてのラストなのでしょう。

「そんなに人間が変われるというなら、この状況から変わってごらん」という、クラトゥ
から出された地球人への課題というか試練というか…そんな感じかな、と。「ここまで
切羽詰まった状況にならないと、人間って行動を起こさないモンかなぁ〜」とも思うの
ですが、そういやワタクシ自身も来年の年賀状を数日前にやっと書き終えたばかり
でした。うーむ、そう考えるとなかなか深いメッセージだ(笑)。

映画の中身について言えば、キアヌのクラトゥ役はなかなかハマっておりました。
この人はこういう無表情なキャラクターを演じると神秘的な感じになりますからね。
薄幸のヒロインを演じたジェニファー・コネリーもステキでよかったなぁ。ウィル・スミスの
息子はちょっとイラっと来たのでノーコメント。
脇役で『プリズン・ブレイク』のロバート・ネッパー(ティーバッグ役の人)と、『24 -TWETNY
FOUR-』のロジャー・クロス(カーティス役の人)が軍人役で出てましたね。多分、ネッパー
の演じた軍人はバグの大群に巻き込まれてお亡くなりになったかと。

さて『地球の静止する日』の音楽といえば、バーナード・ハーマンのテルミンを使った
音楽が有名ですが、今回のリメイク版の音楽を手がけたタイラー・ベイツは、51年版は
意識せずに全くのオリジナル音楽を書き下ろしました。

今回、音楽についてもいろいろ書こうと思ったのですが、文章が予想以上に長くなった
ので「次回につづく」という事にさせて頂きます。

なお、国内版サウンドトラックCDはランブリング・レコーズより1/21に発売です。

『地球が静止する日』オリジナル・サウンドトラック
音楽:タイラー・ベイツ
品番:GNCE7040
定価:2,625円